窃盗罪における「意思に反する」占有移転の実質化と電算機詐欺罪の解釈

『刑法各論の悩みどころ』を読んでいたところ、以前論文を書く過程で読んだある論文のことを思い出したので書いてみます。

 

前提

  • 最決平成19年4月13日刑集61巻3号340頁は、専らメダルの不正取得を目的として体感器と称する電子機器を使用する意図のもとにこれを身体に装着してパチスロ機で遊戯する行為は,同機器がパチスロ機に直接には不正の工作ないし影響を与えないものであっても,窃盗罪の実行行為に当たり、そのような目的でそのような電子機器を使用する意図のもとにこれを身体に装着してパチスロ機で遊戯し取得したメダルについては,それが同機器の操作の結果取得されたものであるか否かを問わず,そのすべてについて窃盗罪が成立することを判示した。
  • 最決平成21年6月29日刑集63巻5号461頁は、パチスロ店内で,パチスロ機に針金を差し込んで誤動作させるなどの方法によりメダルを窃取した者の共同正犯である者が,上記犯行を隠ぺいする目的をもって,その隣のパチスロ機において,自ら通常の方法により遊戯していた場合,この通常の遊戯方法により取得したメダルについては,窃盗罪は成立しないこと等を判示した(ただし、通常の遊戯方法により取得したメダルを被害品から除外しても職権破棄すべきとは認められないとして棄却)。

 

コメント

  • 電算機詐欺罪は、「虚偽の情報」を入力する(法文上は「与え」る)ことを手段とする犯罪である。行為者がどのような「情報」を入力したかは、規範的に判断されるべきであるが、どのような範囲で「情報」の取り込みが許されるかは、明らかではない(ここまでのことは、電算機詐欺罪に関する唯一の最高裁判例である平成18年最高裁決定の調査官解説に示されている)。那須翔「電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」の解釈・適用」では、そのような取り込みが許されるのは、システムにおいて前提とされている事項に限られる旨主張した(214頁)。
  • ところで、電算機詐欺罪は利益窃盗の一部を処罰するものであり(那須・前掲213頁)、電子計算機に虚偽情報を入力して不当な利益を得る行為は、それが財物の占有を取得するものである場合には窃盗罪の問題になり、そうでない場合に電子計算機詐欺罪の問題となる。言い換えれば、窃盗罪と電算機詐欺罪は、電子計算機に対する虚偽情報入力を手段とする限りで、行為要件は共通であり、客体要件において区別されるにすぎない。
  • このように窃盗罪と電算機詐欺罪の行為要件が同質であるとすると、電算機詐欺罪にかかる限定は、窃盗罪にもかかるはずではないかという疑問が生じる(つまり、同じ行為態様でも、客体が財物であるか財産的利益であるかによって犯罪が成立したりしなかったりするのはおかしい)。
  • この問題を考える上で、橋爪隆「窃盗罪における「窃取」の意義について」が参考になる。橋爪論文は、パチスロ振り込め詐欺出し子の事案について、「被害者はおよそ占有の移転を拒んでいるわけではなく、一定の条件を充たす限りにおいて占有移転に包括的に同意している。ところが、その条件が充たされていないために、占有の移転過程が被害者の意思に反すると評価されている」(299頁)とした上で、「①包括的同意が問題になる場面において、被害者の経済的利害を左右する条件違反があれば、直ちに窃盗罪が成立するが、②被害者の経済的な利害に直接関係しなくても、社会的に重要な目的と評価されている事実について条件違反が認められる場合についても、窃盗罪の成立を認め」るべきとする(304頁)。①だけでなく②の場合にも「窃取」が認められるのは、詐欺罪において、例えば譲渡目的で搭乗券の交付を受ける行為について欺罔行為が認められることと対応する(303頁)。「被害者の意思に反する占有移転」というときの被害者の「意思」は、客観的に保護に値するものに限られ、そのような場合とは、上記①②の場合である、といえる。
  • ここから、専ら電子計算機を使用した取引(言い換えれば、人の意思決定が介在しない取引)においては、虚偽情報入力が否定されるような事案(言い換えれば、客体を財産的利益に置き換えた場合に電算機詐欺罪の成立が否定されるような事案)では、保護に値する意思に反したとはいえないものとして、窃取行為を否定することができるのではないか。