個人情報保護法の不適正利用禁止規定の意義/統計的差別事案に対する不適正利用禁止規定の適用について

不適正利用禁止規定規定について書いていきます。統計的差別については、ガイドラインは保守的であり、一方、MHM連載は(実務の立場から)踏み込める可能性を検討していますが、民事実体法について考えるのが実は一つの突破口なのではないかと思います。

 

不適正利用禁止規定の意義について

  • 民間事業者については令和2年個人情報保護法改正により、行政機関等(地方自治体を含む)については令和3年個人情報保護法改正により、それぞれ個人情報の不適正利用禁止規定が置かれている。これらの改正は、リクナビ事件や一連の破産者マップ事件を受けて、目的内であっても許されない利用があるはずであるとの問題意識からなされたものである。
  • もっとも、民間事業者については、改正前においても不適正利用に当たるような行為は禁止されていたとされている。また、行政機関については、もとより法令上の所掌事務のための取扱いのみが許容されており、そのため適正取得義務が明示的には課されていなかった(なお令和3年改正で不適正利用禁止と合わせて課されることとなった)ため、不適正利用禁止規定も置く必要はない、との意見が検討過程においては存在した。実際、上記の改正は新たな義務を課すものとは位置付けられておらず(「明文化」と説明されている)、これらの指摘はそれ自体としては正しいと思われる。
  • しかし、そうであるとしても、上記の改正は重要な意味を持っていたと思われる。すなわち、単なる不法行為個人情報保護法違反の決定的な違いは、後者については個人情報保護委員会という行政機関が、権利利益侵害が現実化する前に(=予防的に)介入できることにある。不適正利用禁止規定も、違法行為(やそれを生じさせるおそれのある行為)が行われたとき、 それが個人情報の取扱いに関連する限りで、直ちに個人情報保護委員会が介入できるようになることに意味があるものと思われる。
  • なお、これは、逆に言えば、不適正利用禁止は何ら独自の規範を設定するものではないということでもあると考えられる。

 

統計的差別事案に対する不適正利用禁止規定の適用について

  • 不法行為法において、ヘイトスピーチの文脈で、「人は誰しも、不当な差別を受けることなく、人間としての尊厳を保ちつつ平穏な生活を送ることができる人格的な利益を有するのであって、これは法的に保護された利益である」として、不当な差別それ自体を人格権侵害と位置づける裁判例現れている。また、最高裁は、政府による差別の合憲性を、合理的根拠のない差別的取扱いに当たるかどうかによって判断してきており、民事においても、男女別定年制(男性55歳、女性50歳)は「性別のみによる不合理な差別」であり、公序良俗に違反するとしている(女性からの地位確認訴訟における判断)。
  • これらの判例・裁判例によれば、不当な差別は、それ自体として民事上の人格権侵害を構成し(つまり、尊属殺人違憲判決における身体の自由、国籍法違憲判決における日本国籍、非嫡出子相続分差別違憲決定における相続分、再婚禁止期間違憲判決における婚姻をするについての自由のような、何らかの別の利益を持ち出す必要はない)、何が不当であるかは、合理的根拠があるか、言い換えれば、関連性があるかによって判断される。
  • そして、合理的根拠ないし関連性は、客観的なものであるから、統計的差別、言い換えれば意図的でない差別を不当な差別から除外する理由はない。したがって、統計的差別を生じさせる個人情報の利用は端的に不適正利用である。
    •  不法行為訴訟では、別途故意過失要件で主観が問題となり、統計的差別についてはそれが否定されることが多いと考えられるが(なお、統計的差別のリスク低減措置を法的な注意義務として構成できれば、少なくとも過失が認められる事例も多いように思われる)、個人情報保護法は、個人の権利利益を客観的・予防的に保護しようとするものであるから、事業者の主観は問題とならない。

 

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