個人情報保護法の課徴金制度案について

第6回 個人情報保護法のいわゆる3年ごと見直しに関する検討会」を聞いたので、思ったことを書いておきます。

 

課徴金制度案の概要

今回事務局が提案した課徴金制度の概要は以下のとおりです(事務局説明資料)。

  • 課徴金の要件として、①一定の義務に違反し、それによって財産上の利益を得たたこと(不法利得)、②相当の注意を怠ったこと(注意義務違反)、③個人の権利利益が侵害され又は侵害されるおそれが生じたこと(権利侵害)、④違反行為に係る本人の数が一定規模以上であること(大規模性)を課す(29頁、4頁)。
  • ①課徴金の対象とする違反行為は、利用目的による制限違反、不適正利用・不適正取得、安全管理措置(従業員監督、委託先監督を含む。以下同じ)の懈怠、第三者提供制限違反とする(5頁)。
  • 安全管理措置の懈怠については、さらに、個人データに係る本人の数が1,000人を超える漏えい等が発生し、かつ、安全管理を著しく怠っていた場合等に限定する(5頁、16頁〜18頁)。
  • 課徴金は、「「違反事業者の違反行為をした期間における事業活動により生じた売上高」×「算定率」」によって算定する。自主的申告をした場合には減算し、繰り返し違反した場合には加算する(20頁、24頁〜27頁)。売上高は違反行為によって得られたものに限られない(事務局口頭説明)。

 

コメント

  • 第1に、「不法利得を剥奪することによって違反行為を抑止する」という、従前独禁法を中心に行われてきた説明は、個情法には適切ではない。すなわち、前回記事にも書いたとおり、個情法違反行為は必ずしも経済的利益を得るために行われるものではないし(独禁法違反行為が競争を制限し超過利潤を得ることを目的としており、景表法違反行為が消費者を誤認させることによって商品やサービスを売ることを目的としているのとは異なる)、法目的すなわち個人データ処理の適正化による個人の権利保護の観点からしても、経済的利益を目的としない行為の抑止の必要性が低いわけでもない。そして、それこそが、令和2年改正時に内閣法制局の指摘により課徴金制度を断念せざるを得なかった理由だったはずである。
    • さらに言えば、前回書いたとおり、不当な取引制限はもともと刑事罰の対象とされていたため、憲法39条との関係を問題とする余地があり(ただし現在の刑法=憲法学の理解について、さしあたり第287回個人情報保護委員会議事録32頁の宍戸発言参照)、不法利得剥奪論はこれを回避するロジックとしての面があったが、個情法においては基本的に直罰規定は存在せず、そのような前提が存在しない。
  • 第2に、事務局案においても、「不法利得を剥奪することによって違反行為を抑止する」という考え方は維持されていない。事務局案は、課徴金の要件としては違反行為による財産的利得を要求しつつ、課徴金額の算定に当たっては違反行為による売上ではなく、(違反期間の)売上高全体をベースとしているからである。事務局担当者は、これについて、労務に関連する違反のように違反行為に関連する売上高の算定が困難な場合がある旨の説明をしていたと記憶しているが、このことは、まさしく、個情法違反行為は必ずしも経済的利益を得るために行われるわけではなく、したがって不法利得剥奪論は適切ではないことを示している。
  • 第3に、注意義務違反要件と自主的申告による減算は、不法利得剥奪論の弊害を緩和しようとしたものである可能性があるが、失敗している。すなわち、前回記事では、不法利得剥奪論を維持した場合の不都合として、(利得がないのに課徴金が課されるのはおかしいという議論が成り立ってしまうこととともに)事業者の体制整備の状況を考慮して課徴金を課すことが困難となり、体制整備へのインセンティブとして機能させることができなくなることを述べた。事務局が、(i)注意義務違反要件と(ii)自主的申告の場合の減算を提案しているのは、これと同様の問題意識に出たものと思われるが、(i)注意義務違反を課徴金額の算定時の考慮要素としてではなく、課徴金の要件として規定してしまうと、柔軟な運用が困難になるし(ほとんど発動されない免責要件となり、インセンティブとして機能しなくなってしまうだろう)、(ii)自主的申告については、漏洩報告義務との整合性が不明である(囚人のジレンマ状況を作り出すことに意味があるカルテルとは、状況が異なる。景表法にあるから持ってきたというだけなら、やめたほうがよい)。
  • 第4に、そもそも加算・減算事由を立法レベルで定めることは、適切ではない。独禁法が様々な加算・減算事由を立法レベルで定めているのは、憲法39条に関する現在は通用していない解釈を前提に、一度不法利得剥奪論に基づいた立法をしてしまい、それを段階的に修正しようとしてきたからである。今回新規に立法する個情法上の課徴金制度について、それを踏襲する必要はないし、上記のとおり、個情法違反行為の性質上、(景表法とも異なり)それを踏襲することはそもそも困難である。行政罰だとすれば、(立法レベルではなく)行政処分レベルで個情委が具体的な諸事情を適切に考慮して課徴金額を算定することが事の性質に適しており、それでよいはずである(中川構成員の5月10日ヒアリング資料参照)。なお、そうする場合でも、もちろん、立法レベルで考慮事情を例示することはあってよいし、それがなされるかどうかにかかわらず、個情委は恣意性排除のためにガイドラインを示すべきであるし、そのようにしてなされた行政処分は、裁判所による具体的な諸事情を前提とした個別的な審査に服する。

 

その他

  • 事務局案では外国第三者提供制限が課徴金制度の対象とされていないのは、不自然に思われる。EUでは(米国企業による米国への)越境移転規制こそが、最も積極的な法執行の対象(の一つ)となっている。利用目的特定義務も、利用目的による制限の前提であるから、課徴金の対象とすべきではないか。
  • 宍戸座長代理から指摘があったとおり、そして中川構成員が従前から指摘されているとおり、課徴金は「極悪層」には通用しない。これについてはパブコメ意見に書いたので、引用する。「中間整理15頁は、課徴金の立法事実として、新破産者マップ事案、名簿屋事案を挙げているが、これは適切ではない。すなわち、(注:前者については)刑事手続によっても摘発できなかった者について、課徴金を徴収することは困難である。また、後者は、犯罪インフラを提供することによって収益を上げており、課徴金が課されるからといって法令遵守へのインセンティブは持たないし、収益も当然隠匿すると考えられるから、行政上の措置である課徴金というよりは、詐欺等の共犯規定や犯罪収益規制によって対処することが適切である」。
  • 本記事では主として課徴金制度について述べたが、個人的には、課徴金制度より先に中核的な義務規定を見直すべきであり、経済団体の真の懸念もそこにあると考えている。その背景と方向性については、パブコメ意見及び前回記事を参照。