デジタルサービス法に関するメモ:基本構造、違法情報の範囲、オンラインマーケットプレイス

DSAの基本構造と日本法にとって示唆的と思われる点に関するメモです。後者においては、諸課題検討会で明示的に議論されている論点には立ち入らず、違法情報の範囲と、オンラインマーケットプレイスに対する規制の2点を取り上げます。

 

DSAの基本構造

  • DSAの実体的部分は、主として第2章と第3章からなっている。
    • 前者は仲介(intermediary)サービスの提供者の責任を定めるもので、電子商取引指令(Directive 2000/31/EC。DSAの前身である。)に引き続き、仲介サービスの提供者は、原則として、伝送、保存等される情報について責任を負わないことを定めている(DSAにおいては、当該原則に対する例外が極めて大きくなっているのであるが)。
    • 後者は「透明で安全なオンライン環境のためのデューデリジェンス義務」を定めるもので、言い換えれば、仲介サービスの提供者の行為規制を定めるものである。この章は、全ての仲介サービスの提供者に課される義務を定めた上で、ホスティングサービスの提供者、オンラインプラットフォームの提供者、BtoC取引を可能にするオンラインプラットフォーム、VLOPs/VLOSEsについて、追加的・段階的な義務を課している。
      • 日本では、金商法の業規制(第3章)がこのような構造になっている。同法は、金融商品取引業を広く定義した上で、その下位概念である第1種金融商品取引業、第2種金融商品取引業、投資運用業、投資助言・代理業を定義し、行う金融商品取引業の種類に応じて、段階的な参入規制・行為規制を課している。このような立法政策は、金融規制の文脈では、「柔構造化」と呼ばれている。
      • 各サービスに適用される義務規定については、詳述しない。NRIが健全性検討会に提出した資料が参考になる。検索すると三菱総研の資料も出てくるが、対象としているDSAのバージョンが古いので注意。
  • 「仲介サービス」は、単純伝送(mere conduit)サービス、キャッシュ(caching)サービス、ホスティング(hosting)サービスの総称である(3条(g))。
    • DSA 3条(a)はDirective (EU) 2015/1535第1条(1)(b)のinformation society serviceの定義を引用しているが、DSA 3条(g)柱書は"one of the following information society services:"となっており、mere conduit/caching/hosting serviceは当然にinformation society serviceに該当すると考えられているのかもしれない。そうだとすると、あるサービスがDSAの対象となるかを検討するとき、information society serviceに該当するかを検討する意味はあまりないことになる。
  • このうち、「ホスティングサービス」は、サービス受領者(recipient of the service)によって提供される情報を、その要求に基づいて保存(storage)するサービスとされている(3条(g)(iii))。
  • 「オンラインプラットフォーム」は、ホスティングサービスの下位概念であり、サービス受領者の要求に基づいて、情報を保存し、公衆に拡散する(disseminates to the public)ものをいい、他のサービスの軽微かつ純粋に付随的な機能である場合等を除くとされている(3条(i))。公衆への拡散とは、情報を提供したサービス受領者の要求に基づいて、潜在的に無制限の数の第三者に情報を利用可能にすることとされている(同条(k))。
  • 一方、「オンライン検索エンジン」は、概ね、クエリに基づいて任意の主題について全てのWebサイトを検索し結果を返す仲介サービスとされている。
    • このように、「オンライン検索エンジン」は、オンラインプラットフォームと異なり、「仲介サービス」の下位概念とされており、「ホスティングサービス」の下位概念とはされていない。これはホスティングサービスには該当しないということなのか、仮にそうだとするとそれ以外の何(単純伝送、キャッシュ)に該当するのかは、よく分からない。
  • DSAの規制の中で最もよく知られているのは、超大規模オンラインプラットフォーム(Very Large Online Platforms, VLOPs)及び超大規模オンライン検索エンジン(Very Large Online Search Engines, VLOSEs)に対する規制だと思われるが、実は、VLOPs/VLOSEsの定義規定は存在しない。これらは一般用語として用いられており、規制対象者の指定においては、オンラインプラットフォーム・オンライン検索エンジン該当性と、月間アクティブユーザー数(DSA上はユーザーではなく受領者(recipient)という言葉が使われている)に(のみ)意味がある。

 

違法情報の範囲

  • DSAにおいては、「違法コンテンツ」は、
    • 情報自体又は製品の販売及びサービスの提供を含む活動に関連して(in relation to an activity, including the sale of products or the provision of services)、EU法又はEU法に準拠した加盟国法に違反するあらゆる情報を意味し、その法令の具体的な対象や性質を問わない。」と定義され(3条(h))、
    • 「安全で予測可能かつ信頼できるオンライン環境を確保するという本規則の目的を達成するため、「違法コンテンツ」という概念は、オフライン環境における既存の規則を広く反映するものでなければならない。特に、「違法コンテンツ」という概念は、違法なコンテンツ、製品、サービス及び活動に関連する情報を幅広く含むように定義されるべきである。この概念は、適用法の下で違法とされる情報、すなわち、違法なヘイトスピーチやテロリストコンテンツ、違法な差別的コンテンツのように情報自体が違法である場合、又は違法な活動に関連するという理由で適用規則によって違法とされる情報を指すものとして理解されるべきである。/例示としては、児童の性的虐待を描写する画像の共有、同意なしに私的画像を不法に共有する行為、オンラインストーキング、適合していない製品又は偽造製品の販売、消費者保護法に違反する製品の販売又はサービスの提供、著作権保護対象物の無許可使用、違法な宿泊サービスの提供、又は生きた動物の違法販売などが含まれる。…この点において、当該情報又は活動の違法性がEU法によるものか、又はEU法に準拠した加盟国法によるものか、またその法の正確な性質や対象が何であるかは問題ではない。」とされている(Recital 12)。
  • 一方、情プラ法(経緯、趣旨等について立案担当者解説を参照)においては、
    • 「侵害情報」、「侵害情報送信防止措置」、「送信防止措置」が定義されている。一方、「違法情報」は定義されていない。
    • 「侵害情報」とは、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」であり(情プラ法2条6号)、「侵害情報送信防止措置」とは、侵害情報の送信を防止する措置である(同条8号)。損害賠償責任の制限(第2章)、発信者情報開示請求権(第3章)、迅速化規律(第5章の半分)においては、これらの概念が使われている。つまり、これらの規律は、情報流通による権利侵害を対象としている。
    • 一方、「違法情報」は、上記のとおり情プラ法上定義された概念ではないが、実務上使われている概念であり、例えば、「「違法情報」とは、名誉権、著作権等の他人の権利を侵害する「権利侵害情報」と、権利侵害情報には該当しないものの刑法等の法令でその情報を流通させることが違法とされている「その他違法情報(法令違反情報)」に分類される。」とされている(諸課題検討会制度WG中間取りまとめ案6頁)。つまり、当該情報を流通させることが私法上又は公法上違法とされている情報が「違法情報」である。
    • 「送信防止措置」は、「侵害情報送信防止措置その他の特定電気通信による情報の送信を防止する措置」である(情プラ法2条9号)。
      • つまり、広く特定電気通信による情報の送信を防止する措置が「送信防止措置」であり、侵害情報の送信を防止する措置(=侵害情報送信防止措置)と、その他違法情報の送信を防止する措置は、その例である。また、利用規約により独自のコンテンツモデレーションを行っている場合における当該利用規約違反を理由とするコンテンツモデレーション(投稿の削除等)も、送信防止措置に該当する。
      • 透明化規律(第5章の残り半分)は、この「送信防止措置」を対象としている。言い換えれば、情プラ法の中で、透明化規律のみが、違法な情報流通を対象としている。
        • 総務省は、3月、違法情報ガイドラインを公表したが、これは、このように透明化規律が「送信防止措置」全般を対象としており、事前に公表した基準によらずに送信防止措置を取ることが許される場合の一つとして、「他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合において、当該義務に基づき送信防止措置を講ずるとき。」を挙げていたことを利用したものである(ガイドラインは、「その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合」を例示するという建て付けとなっている)。
  • このように、DSAと情プラ法の適用範囲に関する現時点での最大の違いは、(権利侵害情報以外の)違法情報を対象とするかどうかである。プロ責法は権利侵害に対処することを目的として制定され、情プラ法への改正後もそのことは変わっていない。一方で、情プラ法の運用においては、違法情報に対処するために同法が利用されており、かつ、諸課題検討会において、違法情報を迅速化規律の対象に含める(または違法情報についても迅速化規律に相当する規律を設ける)ことが検討されている。
  • その上で、上記の違いは、今後、違法情報に、情報流通自体が違法であるものを含めるかどうかにシフトする可能性がある。すなわち、DSAにおいては、違法な活動に関連する情報を広く「違法コンテンツ」に含めているのに対し、諸課題検討会における検討においては、あくまで情報流通自体が違法であるもののみを「違法情報」とし、迅速化規律の対象に含めようとしているように見える。このような限定が、意識的になされているのかは分からないが(違法情報は、諸課題検討会以前から、「違法・有害情報」という形で、総務省や警察の生活安全部門により、伝統的に用いられてきた概念である。)、DSAのような定義はあまりに広く、予期しない結果に繋がる可能性が高く、ひとまず情報流通自体が違法であるもののみに限定して議論することは、適切だと思われる。
    • その上で、前回の記事で書いたとおり、「それでも情報(発信)自体を間接的・付随的にであるにせよ違法とする法律は数多い。…少なくとも、違法情報は権利侵害情報と比べても政府による権限濫用リスクが大きいこと、日本の裁判所は欧州というよりは米国を参照し、表現の自由の優越的地位を明示的に承認してきたことを踏まえた慎重な議論を経るべきだと思われる。また、表現行為を規制する実体法に過不足がある可能性があるのであれば、その合理化と併せて検討すべきであると思われる。」(ベルリン州データ保護コミッショナーによるApple及びGoogleに対するDeepSeekアプリの削除要請について - Mt.Rainierのブログ)。
    • 迅速化を求める違法情報の範囲を列挙する方式(制度WG中間取りまとめ23頁注33)は、一つのバランスの取り方だと思われる。

 

(違法情報の範囲に関する追記)

  • 違法情報の定義の仕方について
    • 広告が詐欺の実行行為の一部を構成している場合、それが権利侵害情報に当たるかは微妙である。権利侵害情報(法律上は侵害情報)は、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」と定義されているが、「によって」は比較的狭く、少なくとも単なる因果関係(情報流通が財産権侵害の手段として利用されたこと)以上の要件と解されている。モニタリング指針も、そのような広告を正面から「他人の権利等を侵害する広告」と明示的に位置づけることは避けているように見える。
    • 一方、違法情報を対象とする場合、「によって」要件は課されない可能性があるが、その書き方次第では、DSAのように違法行為に関連する情報を広く「違法情報」とすることとなりうる。「違法情報」を定義するに当たっては、このことに留意すべきである。
  • 実体法の改正について
    • 情プラ法を通じた刑罰法規・行政法規のエンフォースメントに当たっては、併せて、エンフォースされる刑罰法規・行政法規を適切に見直す必要がある。伝統的な表現規制には、(少なくとも今のままの形では)正当化根拠が疑わしくなっているものも多く含まれており、これをそのまま情プラ法を通じてエンフォースすると、不当な規制を実質的に強化してしまう可能性がある。逆に、必要な規制について、特に情プラ法を通じたエンフォースメントを考えた場合に、刑罰法規・行政法規が十分な規制をしていない場合(過剰な要件を課している場合を含む。)があり、これをそのままエンフォースすると、無理な認定が必要となったり、逆に、迅速な削除ができないこととなる可能性がある。
    • 後者の例として、金商法31条の3の2が参考になる。金商法は、もともと無登録金商業を禁止していたが、それだけでは金商業に該当する行為(広告や勧誘はそれ自体ではこれに該当しない。)が業として行われていることを立証する必要があり、迅速な摘発ができなかった。平成23年改正において、無登録の者に対し、金商業を行う旨の表示と、金融商品取引契約の締結の勧誘を禁止したことにより、より低い立証ハードルでの摘発が可能になった。
    • 有害情報は合意形成し違法化した上で削除等を促進すべきという議論(制度WG中間取りまとめ34頁)は、これと同じ発想だと思われる。

 

オンラインマーケットプレイス

  • DSAは、オンラインマーケットプレイスにも適用される。特に3章2節(ホスティングサービスに関する義務)、3節(オンラインプラットフォームに関する義務)はBtoC取引とBtoB取引の双方に適用され、4節(BtoC取引を可能にするオンラインプラットフォームに関する義務)はBtoC取引に適用される。
    • 特に、苦情処理システム(20条)、ADR(21条)、信頼できる通報者(trusted flagger, 22条)、不正利用に対する措置(23条)、欺瞞的・操作的なUIの禁止(25条)、広告の透明性(26条)、レコメンダーシステムの透明性(27条)などは、3章3節に規定されており、BtoCとCtoCの区別なく適用される。
    • また、事業者のトレーサビリティ(30条)においては、開示(同条6項、7項)だけでなく、その前提としてのKYBCが義務付けられている(同条1項、2項)。
  • これに対し、情プラ法の規制対象は、特定電気通信役務提供者、侵害情報、侵害情報送信防止措置、送信防止措置という基本概念によって画されており、特に侵害情報の定義中の「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された」という要件のため、オンラインマーケットプレイスへには適用されないとみなされてきた。
  • 一方、別途、取引DP法が制定されている(立案担当者解説)。この法律は、特商法の通信販売規制(日本版電子商取引法と言いうる。)を補完するものであるが、そのこともあってか、表示以外の苦情処理は定められておらず(取引DP法3条1項2号参照)、KYBCも直接には義務付けられていない(同項1号、5条参照)。ADRも義務付けられていない(金商法37条の7、5章の5参照)。
  • 第7回取引デジタルプラットフォーム官民協議会では、「隠れB」(事業者でありながら消費者であるかのように振る舞う者)への対処とともに、CtoC取引の適正化のために期待される取り組み(苦情処理、取引モニタリング)をガイドラインに記載することが検討されている。自主的に取り組みが奏功しなかった場合、取引DP法を改正し、CtoC取引についてもオンラインマーケットプレイスの提供者が責任を果たすことを求めることになるのだと思われるが、その場合、DSAや、SheinやTemuに対するエンフォースメントが一つの参考となると思われる。