暴力団員が、暴力団員であることを秘してマイルを取得したことについて、電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕されたとのことです。
https://mainichi.jp/articles/20231030/k00/00m/040/069000c
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報道によれば以下のとおりです。
航空会社がどこかは分かりませんが、例えばANAとJALのマイルの利用規約は次のようになっています。
「暴力団等反社会的勢力」の範囲が異なりますが、現在それらに該当しないことの表明と、将来にそれらに該当しないことの確約からなる点は共通です。
登録画面(ANA/JAL)では、利用規約が表示され、利用規約に同意する旨のチェックボックスにチェックを入れる必要があるものの、利用規約自体かなり狭いフレームの中に表示され、中でも表明・確約条項はかなり下までスクロールしないと見えないようになっており、また、暴力団員等に該当しないこと等について個別のチェックボックスは用意されていません。
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電算機詐欺罪は(実務上重要な機能を果たしているものの、判例法理が未発達であり、司法試験でもスルーされがちという意味で)比較的マイナーな犯罪なので、先に同罪の一般的な説明をすることにします。
電算機詐欺罪の規定は以下のようになっています。
電算機詐欺罪は、処分権者の意思に基づかない点で詐欺罪(・恐喝罪)と区別され、行為客体が財産的利益である点で窃盗罪と区別されます。
電算機詐欺罪には①作出型と②供用型があり、現在では、キセル乗車のケースを除き基本的には①作出型が適用されています。本件でどちらが適用されたのか報道からは読み取れませんが、おそらく①作出型だろうと思います(ただ、この区別にあまり実益はありません)。
①作出型には、(a)虚偽情報入力によるものと、(b)不正指令入力によるもの(これらは不実電磁的記録作出の手段です)があります。これもどちらが適用されたのか報道からは読み取れませんが、おそらく虚偽情報入力だろうと思います(ただ、この区別にもあまり実益はありません)。
電算機詐欺罪の「虚偽の情報」とは、電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報をいうとされています(立案担当者、平成5年の東京高裁判決(高刑集搭載です))。
電算機詐欺罪に関する最高裁判例は平成18年の1件のみです。同決定は事例判断ですが、刑集においては、次のように要約されています。
弁護人が、被告人が入力した名義人氏名、番号、有効期限は真正のものである旨主張したのに対し、最高裁は、引用部分太字のような情報を入力したと規範的に評価することで、電算機詐欺罪の成立を認めたものです。
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一方、詐欺罪については、様々な判例がありますが(2000年代以降、詐欺罪は暴力団排除のために発展してきたとさえ言えます)、特に、平成26年の3件の判例が重要です。
3件のうち2件は、(被告人又はその同伴者が)暴力団員であることを告げずにゴルフ場を利用した行為が問題となったもので、宮崎のゴルフ場の事件では無罪判決がされたのに対し、長野のゴルフ場の事件では原判決(有罪)を結論において正当とする決定がされました(何が結論を分けたのかは判文をご参照ください)。
残りの1件は、暴力団員が銀行窓口で暴力団員でないことを表明・確約して口座開設を申し込み、通帳等を受け取った行為が問題となったもので、原判決(有罪)を正当とする決定がされましたが、その際、単に約款に表明・確約の条項があっただけでなく、繰り返し目立つように表記されていたこと、行員による指差し確認が行われていたこと等が認定されています(詳細は判文をご参照ください)。
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本件のような事案においては、被疑者(被告人)が、自身は暴力団員等ではない旨の「虚偽の情報」を入力したと評価しうるかが問題となります。
これについて、電算機詐欺罪の成立を否定しようとする立場からは、例えば「虚偽の情報」たりうるのは詐欺罪における重要事項に相当する事項に限られるという主張がありえます。この立場からは、平成26年の3件の判例は(暴力団排除という目的の経済的合理性と合わせて)処分権者の合理的な努力を要求しているところ、利用規約に書いて狭いフレームの下の方に表示しただけ、しかも個別のチェックボックスもなく包括的にチェックさせるだけでは合理的な努力がなされたとはいえない、したがって被疑者は自身が暴力団員等ではない旨の「虚偽の情報」を入力したとはいえないと主張することになります。
上記の主張に対しては、電算機詐欺罪の成立を肯定しようとする立場からは、そもそもそのような限定はすべきでないという主張と、仮に限定すべきであるとしても、被疑者は単に暴力団員等である旨を申告しなかったのではなく、自ら暴力団員等ではない旨の表明・確約が記載された利用規約に同意していること、インターネットでは指差し確認等の措置は取り得ないこと(とはいえ強調表示や個別チェックはできると思いますが…)から、被疑者は自身が暴力団員等ではない旨の「虚偽の情報」を入力したものと評価できるとの主張が考えられます。
個人的には、解釈については第3の道があると思いつつ(近く論文が出ます)、結論としてはこのようなケースについてまで電算機詐欺罪の成立を認めるのはやり過ぎなのではないかと思いますが、いずれにせよ、詐欺罪と電算機詐欺罪のどこが同じでどこが違うのかを丁寧に分析し、前者に関して発展した解釈論を適切な形で後者に応用することが必要であると思います。