裁量的減免と確約手続は独占禁止法をどのように変質させているか?

独占禁止法の法執行が変質してきているなと思ったので書いてみます。個人情報保護法のエンフォースメントを議論するに当たっても参考となるのではないかと思います。

 

裁量的減免と確約手続を通じた「共同規制」化

  • 独占禁止法の法執行(企業結合審査を含まない)は、主としてハードコアカルテルとそれ以外に分けられるところ、前者については令和元年改正で裁量的減免が導入され、後者については平成28年改正で確約手続が導入された(後者は法律上は対象は限定されていないが、「確約手続に関する対応方針」でハードコアカルテルには適用しない旨が表明されている)。
  • 裁量的減免は、これまで専ら減免(リニエンシー)申請の順位によって減免率が決まっていたところ、2位以下の事業者について順位による減算率を大幅に縮減し、公正取引委員会への協力による(したがって裁量的な)減算に振り替えるものである。
    • 具体的には、公正取引委員会と事業者が調査協力について合意し、その達成度合いに応じて公正取引委員会が減算率を決定することができる。
    • その結果、事業者は、違反行為の存在を申告するだけでなく、その内容について調査に協力する(言い換えれば、自ら調査を行い、報告する)インセンティブが生まれる。
    • これにより、調査方針の決定と調査の実施がアンバンドリングされ、公正取引委員会は後者を(より豊富な情報とリソースを持つ)事業者にアウトソースできることになる。
    • なお、確約手続と異なる点として、課徴金納付命令自体は命じる必要があり、したがって、訴訟リスクがなくなるわけではないことが挙げられる。
  • 確約手続は、和解的な制度である。
    • 具体的には、事業者が確約計画を作成し、公正取引委員会に認定を申請し、公正取引委員会が認定を行った場合、排除措置命令・課徴金納付命令の規定が適用されなくなる。公正取引委員会は確約計画への違反が認められた等の場合には、認定を取り消すことができ、その上で、排除措置命令・課徴金納付命令を発することができる。
    • この制度の下では、事業者が取るべき措置の設計と監督がアンバンドリングされ、公正取引委員会は前者を事業者にアウトソースできることになる。また、先週のGoogleの確約認定は、外部専門家の監督に基づく定期的な監査と3年間の公正取引委員会への報告によって履行状況を把握しようとしており、より豊富な情報とリソースを持つ事業者へのアウトソースという意味で、裁量的減免の下での調査と似たようなやり方が試みられている。
  • 以上の執行のトレンドは、共同規制的なやり方だと言える。すなわち、「柔軟性や当事者の知識の活用、そして不確実性の高い問題への対処といった自主規制の利点を活かしつつも、その不完全性やリスクを政府が補完することにより、このような二律背反の状況を解消」することができる(情報社会における公私の共同規制についての日米欧比較制度研究。出先で単行本が手元にないのですみません…)。これにより、公正取引委員会に求められる能力(コンピテンシー)もよりマネジメント/コントロール重視に変質してくることになる。

 

雑記

  • 一方、ハードな法執行が放棄されたわけではなく、悪質なハードコアカルテル については、懲役を含む刑事罰が活用されている(ただし、今のところ実刑となった事案はない)。
    • 個人情報保護法の3年ごと見直しで課徴金の導入が再び議論されている。違反行為の性質に応じて、ハードな法執行(権利侵害に当たることが明らかな不適正利用については緊急命令+懲役(実刑)も考慮されてよいと思われる)と様々な仕組み(インセンティブ)を利用した共同規制的な法執行を組み合わせ、透明かつ実効的なエンフォースメントを実現する必要がある。
  • Googleの件で、「Googleに公正取引委員会が初の行政処分 ヤフーの広告制限疑い」などと報道されているが、若干違和感がある。確約認定は確かに行政処分なのだと思われるが、その性質は、事業者を排除措置命令・課徴金納付命令から免れさせる授益的処分である(事業者は確約計画を履行しなかった場合、確約認定が取り消され、排除措置命令・課徴金納付命令を受ける可能性があるだけで、確約計画の履行義務を負うわけではない)。行政処分は一般の人々からは制裁の一種と認識されており、公正取引委員会がそれを狙ってそのように喧伝したのだとすれば、若干誠実さに欠けるのではないか。
  • スマートフォンソフトウェア競争促進法案の課徴金は国内売上高の20%とされている。これは不当な取引制限(10%)の2倍であり、日本の課徴金制度としては最大である。EUの制裁金は全世界売上高を基準とするものが多いが、日本ではそのような算定方法は法制上できないとされている可能性があり、その結果、20%という高額に見える数字が出てきた可能性がある。