人格権や詐欺についてはいろいろ考えてきたところ、ホットなトピックになっているようなので書いてみます。
概要
- 問題状況については、例えばフェイスブックなどSNSなりすまし、メタほぼ無回答 自民党「広告停止を」 - 日本経済新聞。
- この問題は、なりすまされた人の尊厳、なりすまされた人の商業的利益、騙された人の財産的利益(そして民主的政治過程の歪曲、災害対応の阻害等)に分けて検討することが適切だと思われる。
なりすまされた人の尊厳・商業的利益の保護
- なりすまされた人の尊厳は、肖像権によって保護されていると思われる。肖像権は、法廷内写真撮影事件判決において民事上の人格権(人格的利益)として承認されているところ、天理教豊文教会事件判決は、氏名を冒用されない権利を認めており、肖像についても冒用されない権利が認められると思われる。
- なりすまされた人の商業的利益は、パブリシティ権によって保護されていると思われる。ピンク・レディー事件判決は、他人の氏名、肖像等の利用は、専らその有する顧客吸引力の利用を目的とする場合には、違法なパブリシティ権の侵害となるとしているが、氏名、肖像等を商品等の広告として使用する行為は、その典型例として同判決において挙げられている。
- これらについては、差止請求権が認められるから、出稿者はもちろん、Meta等の広告媒体に対しても、広告の削除を命じる仮処分を申し立てることができる。また、出稿者はもちろん、広告媒体に対しても、適時に広告の削除を行わなかった場合、チュッパチャップス事件と同様に、損害賠償を求めることができる。
- また、国会で審議中のプロ責法改正法案(改正後は情プラ法)は大規模特定電気通信役務提供者(総務大臣が指定する)に対し、侵害情報について申出の受付、調査、送信防止措置の実施を義務付けているところ、広告もこれらの対象となると思われる(立案にあたって念頭に置かれていたと思われるUGCと広告は異なるように見えるが、後者を排除する文言も見当たらない)。そうすると、なりすまし広告の削除は、同法案上の義務でもあると考えられる。
騙された人の財産的利益の保護
- 問題は、騙された人の財産的利益の保護である。その方法として、さしあたり、景表法の改正、消費者DPF法の改正、情プラ法(プロ責法)の改正が考えられる。
- 景表法は、事業者が「自己の供給する商品又は役務の取引について」行う表示を規制している(不公正競争の文脈で作られたことが影響しているのだと思われる。昨年のステマ規制も、ステマの依頼を受けたインフルエンサーではなく、ステマを依頼した企業を規制するものだったからこそ、景表法の指定で処理できた)。これを広げることが考えられるが、単に広げた場合、新聞やテレビを含めた全ての媒体が対象となってしまう(参照: 〔座談会〕景品表示法の改正および運用改善について | 有斐閣Online)。立法事実が認められる範囲で、特例規定を置くことも考えられるが、そもそもの問題として、供給者は同種の商品役務についてある程度継続的に広告を出すことが通常であるのに対し、媒体はそうではないので、措置命令+課徴金というモデルは必ずしも適合的ではない可能性がある。
- 消費者DPF法は、取引デジタルプラットフォーム(≒オンラインモール、フリマアプリ)について、各種の措置、内閣総理大臣(消費者庁長官)による販売業者等の利用停止要請、販売業者等に係る情報の開示請求権を設けている。消費者保護かつプラットフォーム規制という意味では一番近いので、同法を拡張することが考えられる。一見全く異なる規制を持ち込むことになるようにも見えるが、同法のガイドラインにおいては、販売業者等として既に情報商材屋が想定されており、彼らの販売経路に加えて広告経路を押さえるという意味ではあながちおかしなことではないようにも思われる。
- 情プラ法(プロ責法)は、特定電気通信(≒不特定の人々に受信されることが目的の通信)による情報の流通それ自体による権利侵害に対処することを目的としているが、詐欺広告はまさに特定電気通信(SNS等)の場面で生じているので、これを拡張することが考えられる。これも一見全く異なる規制を持ち込むことになるようにも見えるが、特定電気通信役務は多くの場合広告によって運営されているので、詐欺広告も(誹謗中傷等と同様に)特定電気通信役務の提供に伴って生じる弊害の一つとして、同法に取り込むことは、あながちおかしなことではないようにも思われる。規制手段としては、本法(法案だが)の共同規制的モデルが最も問題の性質に適しているように思われる。
民主的政治過程の歪曲、災害対応の阻害について
- なりすましは、民主的政治過程を歪めたり、災害対応を阻害する点でも問題とされている(AI時代の知的財産権検討会中間とりまとめ、デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会での検討を参照)。しかしながら、両者はなりすましに限られない偽情報(disinformation)の問題として(リテラシー向上をメインとしつつ、場合によっては選挙法の改正や刑事法の適用を通じて)対処すべき問題ではないかと思われる。