【最高裁】性同一性障害特例法3条1項4号違憲決定について

本日付の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)3条1項4号違憲決定について、主に憲法の観点から書いていきます。

本ノートはディスカッションを目的としており、かなり簡略な表現によっています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE17D8I0X11C23A0000000/

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92446


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  • 本件は家事審判事件です。

  • 生物学的には男性、心理的には女性であり、特例法3条1項4号、5号を充足しない申立人が、特例法に基づく性別変更審判を申し立てたところ、一審裁判所は4号不充足を理由に却下し、原審も抗告を棄却したため、特別抗告がされました。

  • 最高裁(大法廷)は、4号を違憲としつつ、5号については判断せず、5号について審理させるため、破棄差戻しとしました。

  • 三浦、草野、宇賀裁判官の各反対意見は、5号も違憲であり、破棄自判・原々審判取消し・認容決定をすべきとしています。これらの3人は、夫婦別姓に関する令和3年大法廷決定において、共同補足意見以外の個別意見を述べた4人(宮崎裁判官は退官)と一致します。

  • 多数意見の12人と反対意見の3人の対立が、実体的なものであったのか、それとも手続的なものであったのかは分からない気がします。一見、実体的なものに見えますが、多数意見のロジックからすれば5号の合憲性も相当に怪しいように思われ、実際、反対意見がそのことを指摘している(三浦反対意見など、まるで第2次特別抗告審決定のドラフトのようです)にもかかわらず、多数意見側から何ら反論がなされていないことからすると、手続的なものである可能性もあるように思われます。

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  • 多数意見は憲法13条から「身体への侵襲を受けない自由」を導き、生殖腺除去手術がこれに対する重大な制約であることを認め、諸般の事情を考慮して必要かつ合理的な制約とはいえないとして、違憲の結論を導いています。

  • この際、多数意見は4号が性同一性障害を有する者一般に対して同手術を受けることを直接的に強制するものではない」(p.6, para.4)ことを認めつつ、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは…個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである」(para.5)ことを理由に、なお「重大な制約」(para.3)であることを認めています。

    • また、多数意見はこのことを別の箇所で「身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るもの」と表現しています(p.9, para.2)。

  • このロジックは、家族法(特にパートナーシップ法)の憲法的統制を考える上で極めて重要であると思います。家族法憲法問題は、しばしば多数派が自らの価値観の「代理変数」となる要素を家族法上の諸制度(典型的には婚姻)の利用条件として埋め込み、国家が提供する(したがってあまねく、公平に提供されるべき)サービスとしての諸制度を、自らと価値観を同じくする者の特権に変えてしまおうとすることから生じています。家族法上の諸制度は基本的に重要な権利に関わるため、上記のロジックを応用できる場面はけっこうあるのではないかと思います。

    • 実際、三浦裁判官は、令和3年大法廷決定(専ら裁量審査を行った平成27年大法廷判決を引用)に対する意見で「これは,法の定める婚姻の要件が,個人の自由な意思決定について,意思に反しても氏の変更をして婚姻をするのか,意思に反しても婚姻をしないこととするのかという選択を迫るものである。婚姻の際に氏の変更を望まない当事者にとって,その氏の維持に係る人格的利益を放棄しなければ婚姻をすることができないことは,法制度の内容に意に沿わないところがあるか否かの問題ではなく,重要な法的利益を失うか否かの問題である。これは,婚姻をするかどうかについての自由な意思決定を制約するといわざるを得ない。」と述べていました。

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  • トランスジェンダーの権利というと、経産省職員に関する令和5年第3小法廷判決が想起されますが、同判決ではトイレ使用という事実上の不利益が問題となったのに対し、本判決では法令上の性別の取扱いのいう法令上の不利益が問題とされており、場面が異なるように思います(なお、「身体への侵襲を受けない自由」はトランスジェンダーかどうかとはあまり関係がありません)。

  • 宇賀反対意見が言及するドイツ連邦憲法裁判所・欧州人権裁判所の判決(p.33, para.4)と比較すると、多数意見は、いわば「身体への侵襲を受けない自由」を主とし、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける…法的利益」を従とする判断枠組みを取っており、一歩引いたポジションであることが分かります。今後の発展を注視する必要があります。