司法修習中に原案を書いた論文「電子計算機使用詐欺罪における『虚偽の情報』の解釈・適用」が、早稲田大学法科大学院のローレビューであるLaw and Practiceの第17号に掲載されましたので、紹介させていただきます。
電算機詐欺罪は、昭和62年(インターネットすらほぼない時代です)の刑法改正により新設され、近時、様々なサービスのオンライン化に伴って(組織犯罪対策や公安警察の動きなどにも影響されつつ)適用範囲が拡大されています。
このような傾向に対して、刑法学者からは懸念が示されており、最高裁調査官(本罪に関する最高裁判例はわずかに1件です)や法務省刑事局関係者おいても一定の問題意識は共有されているものの、何らかの理論が合意されるには至っていません。
本論文では、このような状況にあって、詐欺罪に関する判例法理(重要事項性)を応用するという、既に提案されたアプローチに依拠しつつも、詐欺罪が対象とする対人取引と電算機詐欺罪が対象とする自動取引の構造の違い(端的に言えば、詐欺罪における虚偽告知は人の意思決定を歪めるものである一方、電算詐欺罪における虚偽入力はシステム設計時になされた意思決定の実現過程に介入するものだということです。電算機詐欺罪はしばしば詐欺罪の補充類型と呼ばれますが、体系的には交付罪ではなく盗取罪に属します)に着目し、電算機詐欺罪に固有の限界づけを試みており、また、その帰結として、誤振込みに関する2023年の山口地裁判決(控訴審係属中で来月公判のようです)と暗号資産NEMに関する2022年の東京高裁判決(最高裁係属中)を批判しています。
問題意識は「I はじめに」に書いてありますので、以下に引用します。
電子計算機使用詐欺罪(以下「電算機詐欺罪」という)は、1987年、窃盗罪と詐欺罪の処罰の間隙を埋めるべく新設された。当時、銀行のオンラインシステムに架空の振込みを入力して自己の口座残高を増やす行為、他人のキャッシュカードをATMに挿入して自己の口座に振込みをする行為、偽造したプリペイドカードを利用してサービスの提供を受ける行為などが想定されていた。その後、最高裁は、盗品であるクレジットカードをオンラインで使用して電子マネーを購入した行為に本罪を適用した。決定文は簡潔であったが、調査官解説が「虚偽の情報」を規範的に判断すべきことを示した。その後の下級審は、調査官解説が示した手法を応用し、様々な行為に本罪の成立を認めてきた。このような傾向に対し、学説からは、処罰拡大への懸念が示されてきた。
このような中で、近時、電算機詐欺罪に関する2つの裁判例が現れた。一つは、サイバー攻撃により暗号資産NEMに係る秘密鍵を入手し、それを利用して当該NEMを外部に移転した行為に本罪の成立を認めた判決である(以下「令和4年東京高判」という)。もう一つは、いわゆる誤振込に係る預金を(決済代行サービスを通じて)オンラインカジノで費消した行為に本罪の成立を認めた判決である(以下「令和5年山口地判」という)。しかし、私見によれば、両判決は、少なくとも理由付けにおいて不当である。
本稿では、電算機詐欺罪の「虚偽の情報」要件について、立案担当者見解と判例を分析した上で(Ⅱ)、詐欺罪に関する議論を参照しつつ、対人取引(人が介在する取引)と自動取引(そうでない取引)の異同も意識した限定付けを提案し(Ⅲ)、その上で、令和5年山口地判及び令和4年東京高判を含む、これまで問題とされてきた事例について検討する(Ⅳ)。これらの検討の概要は、Ⅴに示す。