十徳ナイフを携帯する行為を無罪とした判決について

十徳ナイフを携帯する行為を無罪とした判決が出たとのことで、思うところがあったので書くことにします。

 

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報道によれば以下のとおりです。

十徳ナイフを車内に置いていたとして、軽犯罪法違反の罪に問われた30代男性を無罪とした新潟簡裁の差し戻し審の判決が15日、確定した。控訴期限の14日までに新潟区検が控訴しなかった。

 男性は簡裁での一審の有罪判決を受けて控訴し、東京高裁が原判決を破棄し、簡裁に差し戻した。2月28日の差し戻し審の判決は、男性の主張通り、十徳ナイフの携帯は災害用で「社会通念上相当と認められる」としていた。

十徳ナイフ携帯の男性、無罪が確定 新潟区検控訴せず | 新潟日報デジタルプラス

ちなみに新潟簡裁の判決を東京高裁が破棄しているのは、刑事控訴審は常に高裁が扱うためです(裁判所法16条1号)。

 

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軽犯罪法1条2号は、以下のとおり規定しています。

左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

 正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者

近時、警察は十徳ナイフをバッグ等に入れて持ち歩く行為を同法を用いて摘発しています。以下は警視庁のページの記載です。

Aくん:護身用としてカッターナイフを持って行こうかな。いざとなったとき役に立つかなあ。まっ、パッケージを開けるのにもカッターナイフは役に立つし、いろいろ使えるよね。使えるって言えば、このツールナイフも、アクセサリーとしてもオシャレだし、いろんなツールがあって楽しいよ!
Bくん:ちょっとちょっと、Aくん、それ、やばいよ。カッターナイフもツールナイフも持っていたら、取締りの対象になることがあるんだぜ。

Aくん:えーそうなの?でもツールナイフは買ったとき、お店の人が「刃体の長さが短いやつだから、銃刀法違反にはならないよ」って言ってたんだけど。

Bくん:銃刀法に該当しなくても、軽犯罪法という法律があって、場合によっては取締りの対象になるんだよ。とにかくそんなものは絶対持ち歩かないことだよ。

刃物の話 警視庁

 

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実は修習中に同種事案について検討したことがあるのですが、刃物の性状、所持の態様、所持の経緯等の事情を見てもおよそ危険性が認められず、普通に出歩いていたところたまたま警察の職質キャンペーンに引っかかってしまったような事案だったので、この種の事案に刑事罰を使う必要があるのかと決裁権者に尋ねたところ、「人々が十徳ナイフを持ってそのへんをうろついているような社会は危険だ」という、答えになっているかよく分からない答えが返ってきたことがありました(ちなみにその前には、主任検事に取調べを終えたい旨伝えたところ、反省が見られないからもっと調べるべきだと言われ、客観的事情だけで処分を決めるに十分であり、反省の有無が処分を左右することはないと思うが、どういう意味で反省を求める必要があるのかと尋ねたところ、やはり答えになっているかよく分からない答えが返ってきたため、やむを得ず第2回の取調べを行ったことがありました)。

最高裁もこの点に無頓着なわけではなく、2009年の判決において、以下のように述べて、被告人を無罪としています。

本号にいう「正当な理由」があるというのは,本号所定の器具を隠匿携帯することが,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,態様及び周囲の状況等の客観的要素と,隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断すべきものと解されるところ,本件のように,職務上の必要(注:経理を担当し有価証券や現金を運搬していた)から,専門メーカーによって護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を入手した被告人が,健康上の理由で行う深夜路上でのサイクリングに際し,専ら防御用としてズボンのポケット内に入れて隠匿携帯したなどの事実関係の下では,同隠匿携帯は,社会通念上,相当な行為であり,上記「正当な理由」によるものであったというべきであるから,本号の罪は成立しないと解するのが相当である。

この基準は、催涙スプレーのような加害以外の用途がない物品を、実際に加害意思をもって携帯していた事案の判断基準としては適切だと思いますが、加害以外の用途がある物品(いわばデュアルユース品)を、加害意思なく携帯していた事案では、別段の考慮が必要であるように思います。すなわち、そのような物品は、物品の客観的性質のみからは国民の自由を奪うことを正当化するだけの危険性が認められず、加害意思をもって携帯する場合に初めてそのような危険性が認められると考えるべきではないかと思います。そして、「凶器」要件は加害に使うことが想定できさえすれば(≒他の用途を考慮することなく)充足されることからすると、そのことは「正当な理由なく」要件で考慮するほかなく、そのような意思が立証されて初めて「正当な理由がない」と評価すべきではないかと思います(そのように解することで初めて軽犯罪法1条2号は憲法13条1項に適合するのではないかと思います。刑法上の凶器準備集合罪も、用法上の凶器を含むと解されていますが、明文で加害目的を要求していることが、過剰規制に対する一つの歯止めとなっていると考えられます)。

なお、以上は個人的な見解です。専ら加害目的の物品とデュアルユース品の区別は、2017年の広島高裁判決に表れていますが、同判決も、加害意思の立証を要求することまではしていませんし、今回の東京高裁・差戻し後の新潟簡裁はもそうなのではないかと思います。

 

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ところで、軽犯罪法の規定は、もちろん、予防的な介入を授権することにより治安維持を促進する効果ももちろんあると思いますが、その運用が適切にコントロールされなければ、国民の自由を不当に制約するだけでなく、警察を大して治安維持効果を持たない―しばしばなされる言い方によれば「点数稼ぎ」のための―行動に誤って誘導してしまい、警察という税金によって運用される組織・活動のアウトプットが最大化されない事態を招いてしまうように思います。このようなコントロールは第一次的には立法・予算・行政機関監督の権限と政策決定の能力を有する国会の役割ですが、裁判所も法令の解釈・適用の範囲内で配慮してよいのではないかと思います。