【最高裁】同性の者が犯罪被害者給付法の「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に当たりうるとした判決について

26日の最高裁判決について書いていきます。

本ノートはディスカッションを目的としており、かなり簡略な表現によっているので、少なくとも、犯罪被害者給付法の条文、控訴審判決、最高裁判決をお読みになってからお読みいただくのがよいと思います。

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  • 裁判体は第3小法廷で、4対1です(多数意見:林道晴、宇賀克也、長嶺安政、渡邉惠理子、反対意見:今崎幸彦)。林裁判官が補足意見を書いています。宇賀裁判官は行政法学者、長嶺裁判官は外交官、渡邉裁判官は独禁弁護士出身で、残りの2人が裁判官出身ですが、このような構成の裁判体で裁判官の2人だけが、しかも互いに対立する個別意見を執筆する事態は珍しいのではないかと思います。
  • 事実関係は判決文のとおりです。
  • 本判決は比較的シンプルであり(少なくとも前回書いた【最高裁】「宮本から君へ」助成金不交付決定の取消判決について - Mt.Rainierのブログと比べるとそうです。この種の記事はLS生の頃から書いているんですが、散逸してしまったのでそろそろ落ち着こうかと思います…笑)、その実質的部分は、犯罪被害者給付法の改正の経緯、犯罪被害者基本法の規定に照らして制度目的を踏まえた解釈をすべきことを述べ(4(1))、5条1項の趣旨(4(2)第1段落)、同項1号かっこ書きの趣旨とそれが同性の者にも当てはまりうること(4(2)第2段落)、控訴審の解釈が不当であることと文言上の障害もないことを述べ(4(2)第3段落)、同性の者も同号かっこ書きに該当しうると結論づける(4(3))という構成になっています。
  • 最高裁は今回も個別法の解釈で片付け、憲法14条の問題とはしていません。この傾向は、国民からは分かりにくいのかもしれませんが、事案に適切な解釈を導く上で適切なのではないかと思います(実際、今回は個別法の体系が上告人に相当有利に働いたのではないかというのが私の理解です)。

 

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  • その解釈について争いが生じている犯罪被害者給付法5条1項1号は、「犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」という文言です。
  • 控訴審は主として法律の文言から同性の者が1号かっこ書きに該当する余地はないとの判断を導いています(控訴審判決第3の1(1)イ)。そこでは、犯罪被害者給付法の関係規定においては民法上の概念が用いられていること、民法法律婚主義を採用していること等から、ただし書きの「同様の事情」も「婚姻の届出ができる関係であることが前提となっている」として、民法上婚姻の届出をすること自体が想定されていない同性間の関係も含まれ得るとすることは、条文の解釈から逸脱する」との考えが示されています。
  • これと対比すると、最高裁は、4(1)の末尾で「犯給法5条1項1号の解釈に当たっては、同制度の上記目的(注:「犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の精神的、経済的打撃を早期に軽減するなどし、もって犯罪被害等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与すること」)を十分に踏まえる必要がある」と強調した上で、かっこ書きが置かれたのは、それに該当する者は「犯罪被害者の死亡により、民法上の配偶者と同様に精神的、経済的打撃を受けることが想定され、その早期の軽減等を図る必要性が高い」からであるところ、その必要性は「犯罪被害者と異性であるか同性であるかによって直ちに異なるものとはいえない」とし、同性の者であることのみをもってかっこ書き該当性を否定するのは同号の「趣旨に照らして相当でな」く、かっこ書き該当性を認めても「その文理に反するものとはいえない」とし(て簡単に済ませ)て、同性の者もかっこ書きに該当しうると結論付けています。
  • 法律の解釈は文理解釈が原則であり、控訴審はこれを忠実に行いました。そのため、最高裁は、それを破棄するには、それなりに周到な論証をする必要がありました。最高裁判決の4(1)よく読むと、第1段落では、犯罪被害者給付法の改正の歴史を述べています(単に現在の1条を引用するのではなくそうしているということです)。そして、第2段落は、前半部分と後半部分に分かれており、前半部分では第1段落の改正を経た犯罪被害者給付金制度の現在の目的を述べ、後半部分では「同制度を充実させることが犯罪被害者等基本法による基本的施策の一つとされていること等にも照ら」して、1号の解釈にあたっては上記目的(=犯罪被害者給付金制度の目的)を「十分に踏まえる」必要があるとしていることが分かります。ここから、私は、犯罪被害者給付金制度を充実させるべき旨の立法者自身による宣言(それはその後の立法の指針となるだけでなく、行政による関連法令の執行においても尊重されるべきですし、そうである以上、行政の法律執行をレビューする裁判所においても尊重されるべきです)と、立法者自身がそれを実践してきたことが、文理解釈を乗り越えるだけの根拠を最高裁に提供したのではないかと思います。言い換えれば、控訴審判決には、「他の法体系とは異なって同性間の共同生活関係を含むと解釈すべき手掛かりも見当たらない以上」そのように解することはできない旨述べる箇所がありますが(控訴審判決第3の1(1)キ)、基本法の規定と改正の歴史こそがその「手掛かり」として機能したのではないかと思います。また、林補足意見が犯罪被害者等基本法における同制度の位置付けや同制度が上記目的を達成するために拡充されてきた経緯等に照らしても」これを十分に踏まえた解釈をすべきとしているのも、このことを表現しているのではないかと思います。

 

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  • 林補足意見と今崎反対意見の論争は、それ自体1に書いたとおり今までに見られなかったものであり、かつ、そのような論争が公開されることは、今後の議論にとっても有益ではないかと思います。なお、林補足意見は今崎反対意見への応答の側面が強く、今崎反対意見は基本的に控訴審と同じ立場だと考えられるので、(多数意見は読んだ前提で)控訴審→今崎反対意見→林補足意見という順番で読むとよく理解できるのではないかと思います。
  • 今崎補足意見は、若干クリアでないところもあるものの、以下の点を理由に多数意見に反対しています:
    • ①犯罪被害者給付は生活保障の性格を持つところ、同性パートナーが第1順位となることにより、後順位者のそれが奪われること(3)
    • ②犯罪被害者給付は被害填補の性格を持つところ、配偶者には扶養利益喪失の損害が生じるが同性パートナーにはそれがないこと(4)
    • ③他の法令の解釈適用への影響の観点(5)
    • ④本件は同性パートナーシップの保護のあり方という大きな論点の一部であり、それは幅広く議論されるべき問題であり、多数意見は「先を急ぎすぎている」こと(6)
  • このうち、①は異性でも生じうるためそれほど重要ではなく、②~④が核心的なのではないかと思います。
  • 林補足意見は、多数意見を若干パラフレーズして繰り返した上で、今崎補足意見に対し、次のとおり反論しています。
    • A(②に対して)「犯罪被害者等給付金は損害を塡補する性格を有するものであるものの、それにとどまるものではなく、同制度が早期に軽減を図ろうとしている精神的、経済的打撃は、加害者に対して不法行為に基づいて賠償請求をすることができる損害と厳密に一致することまでは要しない」「上記の場合には、少なくとも加害者に対する不法行為に基づく慰謝料請求はすることができるものと解してよい」
    • B(③に対して)「多数意見は…飽くまでも犯罪行為により不慮の死を遂げた者の遺族等への支援という特有の目的で支給される遺族給付金の受給権者に係る解釈を示したものである。上記文言と同一又は類似の文言が用いられている法令の規定は相当数存在するが…それらの解釈は、当該規定に係る制度全体の趣旨目的や仕組み等を踏まえた上で、当該規定の趣旨に照らして行うべきものであり、規定ごとに検討する必要があるものである。」
  • Aについては、林補足意見が述べるとおり、そもそも犯罪被害者給付金制度は額填補のみを目的とするものではないため、あまり重要な議論ではないのではないかと思います。
  • 一方Bについては、一見したところ、反論しにくい一般論を繰り返しただけであり、あまり説得力がないようにも見えますが、2に述べたように、多数意見が犯罪被害者給付金制度の目的を重視した論証を行っていること、特に基本法の規定と改正の歴史に言及していることの意味を考えると、相応の説得力があるのではないかと思います。
  • その上で、林補足意見が今崎反対意見の上記④に反論していないことが注目されます。本判決は民主主義過程の産物たる法律を無効としたものではないものの、国民の間に相応の意見の対立が生じることが想定される問題をリベラルな形で解決してしまうもので、裁判官としては「一線を越え」ていいのか逡巡するのがむしろ自然であり、今崎裁判官がその問題を提起しているのに、林補足意見は積極的に多数意見を擁護していないからです(このことは多数意見を構成した4人の裁判官全員に当てはまりますが、特に林裁判官は、補足意見を書かないという選択肢もあった中であえて補足意見を書き、他の点については反論した上でこの点についてのみ沈黙しています)。もちろん、多数意見の解釈は法律論として(射程は狭いものの、あるいはそうであるからこそ)それなりに強固なものであり(と私は思います)、同様に民主主義過程の産物たる基本法の規定とそれに沿った改正の歴史を根拠に、それを一貫させる形で解釈を示したにすぎないのだから、民主主義を尊重した判断にとどまっていると考えたのかもしれません。一方で、それを一貫させないことは、犯罪被害者給付金制度の目的に照らして不当な差別であって立法者であっても許されない選択であるから、民主主義を尊重すべき場面ではないと考えた可能性もあります。これらは両立すると思いますし、多数意見内部でもこの点については考え方が一致していなかった(その上で最も多数意見側で最も今崎裁判官との「境界線」に近かった林裁判官が、多数意見内部で合意できた限りで応答することにした)可能性もあります。今後の判例の発展を待ちたいと思います。