「AI規制後」のAI不法行為責任について

AI不法行為責任(AIの使用によって生じた損害に関する不法行為責任)については、自動運転を中心に様々に議論されてきましたが、特に過失に関する状況は、各国でAI規制が導入された後は大きく変わるのではないかと思ったので、それについて書きたいと思います。

 

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従前、人間が行ってきた作業をAIが代替し、それによって関係者に損害が生じた場合、確率的に動作しているにすぎないAIに過失はないことから、不法行為法による救済が機能しないのではないかということが議論されてきました。

これに対する一つの対応は、立証ルールや立証のためのツールを被害者に有利に修正することであり、実際に、EUは、AI責任指令案において、ハイリスクAIについて、証拠開示命令、これに従わなかった場合の過失推定、因果関係推定を、改正製造物責任指令において、製造物概念の拡張、証拠開示命令、欠陥・因果関係推定を定めることを検討しています(福岡真之介「AIと民事責任・製造物責任EUのAI責任指令案・製造物責任指令改正案を踏まえて」NBL1237号(2023))。

 

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立証ルールの修正は、立証のゴールである実体ルールを前提としています。従前の議論においては、具体的状況に応じた注意義務違反を立証すべきことが暗黙の前提とされていたように思います。この状況は、AI規制の導入後は、大きく変わるのではないかと思います。

すなわち、AI規制は、EUのAI規則にせよ、日本のAI事業者ガイドラインAI規制法案にせよ、基本的には、リスク管理体制の構築を義務付けるものです。このリスク管理体制構築義務は、AIの開発、提供、利用がもたらしうる権利侵害(だけではありませんが)について、情報収集とアセスメントを行い、リスクを社会的に見て許容可能な範囲にまで抑制するため、合理的な措置を取ることを求めるものであり、不法行為上の注意義務と実質的に同等の機能を持ちます。そのため、今後は、十分なリスク管理体制を構築していなければ過失が認められ、構築していた場合には、特別の状況に基づき結果回避義務が認められる場合を除いて、過失が否定されるのではないかと思います。この意味で、近時のAIガバナンスの議論は、AIに関係する事業者の注意義務を明らかにする作業だったのではないかと(今になって)思います。

ところで、そのように解した結果、関係事業者全員の過失が否定され、被害者が誰からも救済を受けられなくなる事態はありえます。しかし、関係事業者全員が十分なリスク管理体制を構築していた場合、それは社会的に許容されたリスクの現実化であり、やむを得ない事態と言ってよいのではないかと思います(逆に言えば、「十分なリスク管理体制」はそのように言えるくらいの水準でなければならないと思います)。その上で、保険による救済が検討されるべきだと思います(誰が加入するのか、場合によっては加入させるのかが最初の検討課題になるだろうと思います)。

 

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ところで、取締法規と不法行為上の過失の関係については、様々な議論がされてきました。窪田充見先生は、以下のように述べています。

まさしく一定の利益の侵害を防止することを目的として一定の行為規範が用意されている場合,その違反をもって不法行為責任を基礎づける結果回避に向けた行為義務の違反(過失)と認定することには,何ら障害がないと思われる。この場合にまで,ハンドの公式を持ち出して,その過失認定の枠組みの中で,その考慮要素として理解するということに積極的な意味はないだろう。ハンドの公式は,それ自体抽象的なものであり,具体的な義務がどのようなものとなるかということは,個別の事案を通じて判断され,そしてそれが一定の内容を有する行為規範として確立していく。一定の利益侵害を防止しようとする行政上の行為規範は,まさしく,定型的な危険に対して,そうした行為規範を提供するものなのであり,こうした行為規範が法秩序によって明示されている場合には,それを不法行為責任の判断においても直接採用するということは,十分に合理的である。

(窪田充見『不法行為法 第2版』97頁(有斐閣、2018))

取締法規は、将来生じるであろう損害を避けるために必要なものとして、立法者が設計するものであるのに対し、不法行為上の過失は、過去に生じた損害を避けるために必要だったものとして、裁判所が発見するものです。しかし、これらは判断時の違いに過ぎず、一定の損害を前提に、それを回避・低減するために事業者は何をすべき(であった)かを判断していることには変わりがありません。したがって、立法者の損害の発生メカニズムに関する予測が正しかったといえる限り(先に「特別の状況に基づき結果回避義務が認められる場合を除いて」と書いたのはこの趣旨です)、そして取締法規の保護法益不法行為の被侵害利益が重なる限り、取締法規違反は過失判断を代替すると言えるのではないかと思います。