国連サイバー犯罪条約案が総会で採択されたので、それについて書いていきます。能力と時間の問題で、現時点ではあまり詳細には書けませんが(正直なところ追えていませんでした)、今後継続的に見ていきたいと思います。
状況としては、最終段階で自由主義諸国の要求がある程度通ったようであるものの、本当にそれで十分なのかや、国内法整備の過程でなされる提案が国民の自由を不当に制約するものとなっていないかは、慎重に検討する必要があると考えられます。
仮訳
以下は個人的に作成した条約案の仮訳です。
国連サイバー犯罪条約案の仮訳 - Mt.Rainierのブログ
背景
- 現行のサイバー犯罪条約は、欧州評議会で立案され、2001年にブダペストで署名された(このため、ブダペスト条約と呼ばれることがある)。この立案過程には日本政府もオブザーバーとして参加していた。
- 日本は1987年に刑法を改正し、電磁的記録不正作出・供用罪、電子計算機損壊等業務妨害罪、電子計算機使用詐欺罪、電磁的記録毀棄等を新設し、1999年に不正アクセス禁止法を制定していたが、ブダペスト条約と比較すると、不足する点があり(経済産業省「サイバー刑事法研究会報告書「欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について」)、直ちに同条約を受諾できる状況にはなかった。その後、日本政府は、2011年に、刑法に不正指令電磁的記録に関する罪、わいせつ電磁的記録等頒布罪を新設し(ただし後者は判例により既に認められていたものである)、児童ポルノ禁止法を拡張する改正を行った上で、2012年にブダペスト条約を受諾した(なお、刑法改正については、法制審での検討は2003年に完了しており、そこから成立まで8年かかったのは当時の政治状況による)(ブダペスト条約の国内法化について、指宿信「サイバー犯罪条約およびその国内法化について」)。
- 国連におけるサイバー犯罪条約の検討は、2021年にロシアの提案により開始された。「決議に基づき、特別委員会が来年1月から10日間の協議を少なくとも6回、米ニューヨークとオーストリア・ウィーンで実施。2023年9月に予定される第78回国連総会に、条約の草案を提出する」こととされた(対サイバー犯罪で国際条約制定へ、国連総会で決議 言論封殺の懸念も 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)。検討段階のドラフトには、表現行為の処罰を要求する規定や、関係プロバイダに対する情報提出要求を義務付ける規定が含まれており、また、 (典型的には非自由主義的な)政府が国民の弾圧のために他国に協力を要求することが可能となるような規定が含まれていたため、大きな問題となった(日本語の記事は少ないが、国連サイバー犯罪条約、何が問題なのか | p2ptk[.]org、国連サイバー犯罪条約が「グローバル監視協定」になる危険性 | ScanNetSecurity、国連「サイバー犯罪条約」に猛反発の声、「監視権限の乱用を許す」 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)など)。
- そのような国連サイバー犯罪条約が、8月9日、検討を行ってきたアドホック委員会で採択された。資料等はこちら:Reconvened concluding session of the Ad Hoc Committee
アドホック委員会における条約案採択に関する報道
国連サイバー犯罪条約のアドホック委員会における採択については、以下のような報道がなされています。
- 「委員会の副議長として議論のとりまとめにあたってきた外務省の割澤広一国際安全・治安対策協力室長は「日本としては、人権の保障と犯罪への対処が両立できるよう交渉に取り組んできた。国際社会が国境をまたいで行われるサイバー犯罪にしっかり対処できる環境が整ったのは大きな一歩だ」と話し、条約の意義を強調していました」(国境越えたサイバー犯罪取り締まる 新たな国際条約草案 国連で合意 | NHK | サイバー攻撃)
- 最終会合前の時点で、「日本外務省の関係者は「グローバルサウスは国連で発言力を増している。西側が人権保護を盾に交渉を決裂させたら、強い反発を受けるだろう」と話」していた(「分断の世界」克服なるか サイバー犯罪条約で29日から国連最終会合 西側と露が攻防 - 産経ニュース)。
- 「日本や米国など西側諸国が人権保護や捜査手続きに関する規定の明確化を求め、おおむね最終案に反映された」「8日は採択直前にイランが人権保護規定など計7条項の削除要求を個別に提案し、ロシアやベネズエラなどが同調したが、否決された。国連加盟国の約3分の2を占めるグローバルサウス…の多くと西側の足並みがそろった」「イランやロシアも最終的に議場の総意による採択に反対せず、国際社会が一致してサイバー犯罪を取り締まる姿勢を示した形だ」(サイバー犯罪捜査へ国際協力 国連総会特別委が条約草案を採択、西側「主導権取り戻した」 - 産経ニュース)
- 「米欧は採択の前提として、「表現の自由」の抑圧や差別につながる捜査について、協力要請を拒否できる条項を明記するよう要求。当初、ロシアや中国は反発したが、最終的に盛り込まれた。」(国連総会で「サイバー犯罪条約」採択へ…ロシアが主導、政府監視に懸念 : 読売新聞)