「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」とりまとめ案について

昨年11月に設置され、偽・誤情報対策を中心とする「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」での検討について、とりまとめ案が出ていましたので、それについて書いていきます。

 

DSAー背景1

  • 今回の検討の背景となっているのは、EUのデジタルサービス法(DSA)である(テキスト概要ページ)。
  • 同法は、「安全で予測可能かつ信頼できるオンライン環境を確保し、違法なコンテンツのオンラインでの流布や、偽情報やその他のコンテンツの流布がもたらす可能性のある社会的リスクに対処し、憲章に謳われている基本的権利が効果的に保護され、イノベーションが促進されること」を目的としている(Recital 9)。
  • 同法は、関係役務提供者を、仲介サービス、ホスティングサービス、オンラインプラットフォーム、超大規模オンラインプラットフォーム(Very large online platform, VLOP)に分類し、段階的な義務を課している(義務の内容についてはNRIの資料の12ページとテキスト、特に3章を参照)。
  • 同法は、オンライン環境におけるコンテンツ流通それ自体だけでなく、それを支える広告にも着目している。すなわち、「オンライン広告は、オンラインプラットフォームの提供に関連するものを含め、オンライン環境において重要な役割を果たしており、そこではサービスの提供の全部または一部は、広告収入によって直接的または間接的に報酬を受けていることがある。オンライン広告は、それ自体が違法コンテンツである広告から、違法または有害なコンテンツやオンライン活動を公表または増幅する金銭的インセンティブ供与、または市民の平等な扱いと機会に影響を及ぼす広告の差別的な提示に至るまで、重大なリスクに繋がる可能性がある」(Recital 68)。このため、広告は、透明性義務(26条、39条)の対象となるほか、VLOPのリスクアセスメント・リスク低減措置(34条、35条)の対象とされている。

 

総務省のこれまでの取り組みー背景2

  • 総務省は、プラットフォームサービスに関する研究会の報告書(2020年)に基づき、「表現の自由への萎縮効果への懸念、偽情報の該当性判断の困難性、諸外国における法的規制の運用における懸念等を踏まえ、まずは民間部門における自主的な取組を基本とした対策を進めることが適当です。/政府は、これらの民間による自主的な取組を尊重し、その取組状況を注視していくことが適当と考えられます。特に、プラットフォーム事業者による情報の削除等の対応など、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から、政府の介入は極めて慎重であるべきです。/他方、仮に自主的スキームが達成されない場合あるいは効果がない場合には、例えば、偽情報への対応方針の公表、取組状況や対応結果の利用者への説明など、プラットフォーム事業者の自主的な取組に関する透明性やアカウンタビリティの確保をはじめとした、個別のコンテンツの内容判断に関わるもの以外の観点に係る対応については、政府として一定の関与を行うことも考えられます。」としてきた(報告書35ページ以下参照)。
  • この下で、総務省は、
    • ①令和3年にプロ責法を改正し、権利侵害情報の発信者情報開示について特別の非訟手続を設け、さらに、
    • ②令和6年に同法を改正し(改正後の法律の通称は情プラ法とされている)、送信防止措置(≒投稿の削除)について、大規模プラットフォーム事業者に、(i)削除申出窓口・手続の整備・公表、(ii)削除申出への対応体制の整備(十分な知識経験を有する者の選任等)、(iii)削除申出に対する一定期間内の判断・通知、(iv)削除基準の策定・公表(運用状況の公表を含む)、(v)削除した場合の発信者への通知を課した。
  • 上記のうち、①はあくまで裁判所が判断するものであり、政府は関与しない。一方、②には政府が関与するが、上記の報告書にいう「プラットフォーム事業者の自主的な取組に関する透明性やアカウンタビリティの確保」にとどまり、政府が削除を命じることはない(なお、プラットフォームが自主的に削除しない場合、当事者は人格権等を被保全権利とする仮処分を申し立てることができる。この場合、削除が命じられることがあるが、判断するのは裁判官である)。
  • 一方、プロ責法(情プラ法)が対処しようとしているのは権利侵害情報であり、偽情報全般ではなかった。そのため、具体的な被害者がいない情報については、特に規制は課されていない。また、プロ責法(情プラ法)のアプローチは、個別の権利侵害情報への対処を規律するというものであり、権利侵害情報(を含む偽情報)の流通を誘発するような構造的リスク(システミックリスク)を規律するものではない。
  • 以上が今回の検討会の前提となる状況である。

 

とりまとめ別紙について

とりまとめのうち制度整備を扱っているのは別紙なので、それについて書いていきます。

定義等

別紙で使用されている関係事業者等の定義等は、以下のとおりです。

  • 「情報伝送PFサービス」は、「インターネット上で第三者が投稿等発信したコンテンツ(文字、画像、映像、音声等)やデジタル広告を不特定の者が閲覧等受信できるように伝送するプラットフォームサービス」とされ、SNSや動画共有サービスがその例とされている。情報伝送PFサービスを提供する事業者は、「情報伝送PF事業者」と称されている。
    • 情報伝送PFサービスは、「デジタル空間における情報流通の主要な場」と位置付けられている。
  • 「広告仲介PFサービス」は、「広告主とパブリッシャーの間でデジタル広告を伝送し、パブリッシャーが運営するオンラインメディア上での広告表示を可能にする…プラットフォームサービス」とされ、DSPやSSPがその例とされている。広告仲介PFサービスを提供する事業者は、「広告PF事業者」と称されている。
    • 広告主、広告代理店、媒体主(メディア、パブリッシャーも互換的に使用されているようである)、広告PF事業者は、「デジタル空間における情報流通を資金面で支えるデジタル広告に関わる」者と位置付けられている。
  • 情報伝送PF事業者と広告仲介PF事業者は「情報伝送PF事業者等」と総称されている(343ページに記載がある)。

 

別紙の構成

  • 別紙は全7章からなる。このうち第1章と第7章が総論的パート、第2章〜第4章が各論的パートである。

 

偽・誤情報への対処(別紙第2章〜第4章)

  • 各論的パートのうち、第2章〜第4章は偽・誤情報への対処に関係し、情報伝送PF事業者を対象とする。
  • このうち、第2章はコンテンツモデレーションであり、個別の偽・誤情報の発信・拡散行為がもたらすリスク(後述のシステミックリスクと対比した場合、コンダクトリスクとでも称すべきもの)への対処に関する。
    • 「偽・誤情報」は明確には定義されていない(それ自体事業者に委ねる趣旨のようである)。
    •  一方、偽・誤情報の流通・拡散のリスクは以下のように要約されている。
      • 人の生命、身体又は財産への影響(例えば、健康被害、災害時の救命・救助活動や復旧・復興活動の妨害、詐欺被害、事業者への風評被害を含む営業妨害等)
      • 個人の自律的な意思決定を含む人格権やその他基本的人権への影響(例えば、誹謗中傷、なりすましによる肖像権等の侵害、ヘイトスピーチ等)
      • 健全な民主主義の発達への影響(例えば、集団分極化に伴う民主的政治過程への悪影響等)
      • その他の社会的混乱等の実空間への影響(例えば、株価の下落、公共インフラの損壊、外交関係の悪化等)
    • 具体的な制度的措置としては、情プラ法を参考とした規律が検討されているようである。
    • プロ責法(情プラ法への改正後も同様である)は、権利侵害情報を対象としているが、偽・誤情報対策は(個人の権利保護に限らず)公益に反する情報を問題としていることに留意する必要がある。このことに起因して、偽・誤情報対策は、相対的に政府による濫用リスクが大きい。
  • これに対し、第3章はシステミックリスクマネジメントであり、コンダクトリスクを発生・増幅させる構造的なリスク(システミックリスク)への対処に関する。
    • システミックリスクとは、具体的には、以下の特徴が、偽・誤情報の流通・拡散のリスクを発生・増幅させることとを意味する。
      • ①誰もが低コストで不特定の者に向けた情報発信を行うことができること(情報発信コストの低廉性)
      • ②情報の流通・拡散を促進する「いいね」やリポスト等の機能(拡散促進機能)
      • ③閲覧等受信側の利用者の興味・関心等に応じてコンテンツやデジタル広告の表示順位その他の表示方法を変更する機能(レコメンデーション機能・広告ターゲティング機能)
    • 具体的な制度的措置としては、リスクアセスメントと緩和措置(mitigation)を行わせ、官民協議会がそれを検証・評価することが検討されているようである(義務の内容についてはDSA 34条、35条、検証・評価については取引透明化法9条以下を参考にしているものと思われる。官民協議会の関与については後述する)。
  • 第4章は官民協議会であり、共同規制のメカニズムとしての官民協議会の設立に関する。
    • 同じ共同規制でも、例えば取引透明化法や情プラ法にはそのような規定は存在しない。しかしながら、コンテンツモデレーションやシステミックリスクへの対処 (特に前者)は、取引透明化法と異なり、表現の自由に関係し、かつ、情プラ法(権利侵害情報への対処)と比較して、偽・誤情報の判断基準や「当てはめ」はより不明確であり、これらに起因して、政府の濫用リスクが大きい。このような背景から、官民協議会の設立が検討されているものと思われる。

 

デジタル広告の適正化(別紙第5章、第6章)

  • 各論的パートのうち、第5章、第6章はデジタル広告(インターネット広告)の適正化に関係し、上記の全ての事業者を対象とする。
  • このうち、第5章は「違法・不当な広告」の掲載防止・停止に関係し、「情報伝送PF事業者等」つまり情報伝送PF事業者と広告仲介PF事業者を対象とする。
    • 「違法・不当な広告」は明確には定義されていないが(それ自体事業者に委ねる趣旨のようである)、典型的にはなりすまし広告、薬機法、金商法等の業法に違反する広告を想定しているようである。
    • 具体的な制度的措置としては、広告の審査基準の策定・公表、審査体制の整備・透明性確保、広告主の本人確認(以上は事前審査に関わる)のほか、情プラ法を参考とした事後的な掲載停止が検討されているようである。
  • これに対し、第6章は偽・誤情報をはじめとする違法有害情報を掲載するメディアへの広告の掲載防止・停止に関係し、広告主、広告代理店、広告仲介PF事業者を対象とする。
    • 具体的な制度的措置としては、広告媒体の審査基準の審査基準の策定・公表、審査体制の整備・透明性確保、媒体主の本人確認(以上は事前審査に関わる)のほか、情プラ法を参考とした事後的な掲載停止が検討されているようである。
      • 一方、広告主、広告代理店については、ガイドライン等の公表が検討されているにとどまり、法的義務の対象とすることは想定されていないようである。
    • ここで、第5章と第6章とでは問題とする状況が異なることに留意する必要がある。第5章は、広告自体が不当(違法・不当な広告)である場面を対象としている。そこでは広告主のコンダクトリスクが問題となっている。これに対し、第6章は広告が不当な情報(偽・誤情報やその他の違法・有害なコンテンツ)にインセンティブを与える場面を対象としている。そこでは広告はシステミックリスクを構成している。
  • さらに、第5章、第6章は必ずしも偽・誤情報対策(特にシステミックリスクへの対処)の文脈に収まるものではなく、純粋な違法有害情報対策に踏み出そうとしていることに留意する必要がある。特に、第6章は、政府にとって好ましくないWebサイトについて、収益を剥奪するよう政府が事業者に働きかけるものであり、「政府にとって好ましくない」との主張が国民の利益(公益)と一致している限りでは問題はないが、そうではない主張(つまり規制権限の濫用)が行われたり、事業者が政府が主張する利益に名を借りて過剰な広告停止を行わないよう、適切なセーフガードが設けられる必要がある。
    • なお、恣意的な広告の停止は、優越的地位の濫用的な側面もあり、取引透明化法が1つのセーフガードとなりうる。

 

その他コメント

報告書の内容というよりは検討の方法について、以下の感想を持ちました。

  • ゴールやプリンシプルが定まっておらず、検討が迷走しているように見える。もちろんどんな検討も模索から始まるのであるが、まずはそれこそ官民協議会を設定して検討を行い、ある程度課題が見えてきた段階で政府の会議に場を移したほうがよかったのではないか(プロ責法改正もそうしてきたはずである)。一市民としては、政府が確たる根拠も方針もないままに表現規制に進もうとしているように思えてしまう。
  • アテンションエコノミー、フィルターバブル、外資系、マルチステークホルダー、「広告の質の確保」、「質の高いメディア」など、十分に固まっていない用語を議論の重要部分で使用するのはやめたほうがよい。委員や事務局はそれぞれ相応に具体的なイメージを持っているのだとは思うが、このような用語を使用することで、微妙なすれ違いが生まれ、建設的な議論が阻害されるリスクがある。
    • なお、「マルチステークホルダーが」という表現が使用されているが、「マルチステークホルダー」は形容詞的なフレーズであって、名詞的な用法(特に特定の範囲の利害関係者を指すのに用いること)には違和感を覚える。
  • 具体的な(あるべき)取組みに言及するときは、主語を明確にすべきである。政府が主体なのか、事業者が主体なのか、後者だとして政府がそれを担保するために何かすることを想定しているのか、しているとしてそれは具体的には何をすることなのかが曖昧になっている箇所が多い。これでは建設的な議論が困難となってしまう。
  • 別紙の随所で、民間の調査結果や有識者の発言、個別的なエピソードを「〜という調査結果もある」「〜という指摘もある」という形で引用し、そこから一般的なリスクを描く論法が使われているが、これらの調査結果等の検証や、推論の妥当性の検証は行われていないようである。しかし、これではやはり建設的な議論が困難となってしまうし、表現の自由との関係で言えば危険である。