スマホソフトウェア競争促進法(スマホ競争法と呼ぶことにします)について思ったことを書いていきます。なお、法文は参議院のサイトのものが横書きで読みやすいです。
- 独占禁止法は人為的手段によって競争制限を生じさせることを禁止し、予防的に競争制限を生じさせるおそれのあるM&Aを審査・承認(正確には排除措置命令を行わないことの通知)の対象とする法律である。この人為的な競争手段には、競争者同士の共謀(カルテルや入札談合)と、競争者排除がある。以下は後者の例である。
- ソフトバンクはARMをNVIDIAに売却しようとした。NVIDIAは半導体を設計・供給している著名な企業である。一方、ARMは半導体のアーキテクチャを設計している企業であり、その保有する知的財産権のライセンスは、半導体の設計・供給者にとって不可欠なものとなっている。そのため、NVIDIAがARMを買収した場合、NVIDIA以外の半導体の設計・供給者(NVIDIAから見れば競争者)へのライセンスを拒絶し、競争者を排除することが可能となる。このことを懸念した競争当局は売却を承認せず、ソフトバンクは売却を断念せざるを得なかった。
- MicrosoftはActivision Blizardを買収しようとした。Activision Blizzardは著名なゲームタイトルCall of Dutyの供給者である。ゲームコンソールの価値は、どれほど魅力的なタイトルを集められるかにかかっている。そのため、MicrosoftがActivision Blizardを買収した場合、Microsoft以外のコンソールメーカー(端的に言えばSony)へのタイトル供給を拒絶し、競争者を排除することが可能となる。このことを懸念した競争当局は、当初売却を承認しなかつわた。Microsoftは任天堂へのタイトル供給を提案したが不十分とされ、ソニーへのCall of Dutyの供給を合意することで初めて承認された。
- もっとも、このような競争者排除の規制は、川上市場と川下市場がそれぞれ独立の市場として成立している場合に適用できるが、2つのサービスが初めから一体として提供されており、2つの市場が未だ成立していない場合には適用できないという限界がある。言い換えれば、事業者が自主的にサービスをアンバンドルして初めて政府は2つの市場を認定することができる。
- スマホ競争法の規定の一部は、このようなアンバンドルを事業者に義務付け、強制的に2つの市場を成立させるものである。iPhoneのアーキテクチャを、仮にデバイス(1層)、OS(2層)、アプリストア(3層)、アプリ(4層)に分けるとすると、iPhoneは、リリース時には1層から4層が統合された商品として提供されており、iPhone OS 2.0へのアップデートによって4層がアンバンドルされた(つまり、サードパーティーアプリがインストールできるようになった)。しかし、Appleは3層の手数料として売上の30%を徴収しており、デベロッパーたちはこれを搾取であると主張するようになった。スマホ競争法7条1号の規定(他の事業者がアプリストアを提供することを妨げることを禁止する)は、政府がこのデベロッパーたちの主張を受け入れ、4層を強制的にアンバンドリングしたことを意味する。
- このように、既存の市場において失われた競争を回復させたり、それを予防するのではなく、その前提である市場を成立させることによって、(サプライチェーン全体としての)競争を促進しようとするところにスマホ競争法の新規性がある(なお、公取委がこのように説明しているわけではない。なお書き1参照)。
なお、
- スマホ競争法は「特定ソフトウェアの提供等を行う事業者としての立場を利用して自ら提供する商品又は役務を競争上優位にすること及び特定ソフトウェアを利用する事業者の事業活動に不利益を及ぼすことの禁止等について定める」ものとされており(1条)、この記述からは、同法は主として優越的地位濫用の予防法である(つまり下請法に近い位置付けである)ようにも思われる。もっとも、同法はDMAを参照して作られているところ、DMAは支配的地位濫用の予防法であり、EUの支配的地位濫用には(搾取型濫用だけではなく)排除型濫用も含まれることからすれば、「等」に競争者排除も含まれると解釈すべきなのかもしれない。
- 政府がどのような場合に強制的なアンバンドリングを行うべきか(行うことが許容されるか)については、なお検討を要する。というのも、リリース時のiPhoneは、上記のとおりサードパーティーアプリをインストールできるようにはなっていなかったのであるが、仮にiPhoneがその状態のまま大きな市場シェアを獲得するに至ったとしても、政府がサードパーティーアプリをインストールできるようにせよ(3層の強制的アンバンドリング)と言ったとは考え難い。また、今後iPhoneのデバイスにAndroid OSを入れられるようにせよ(2層の強制的アンバンドリング)と言うかと言われれば、少なくとも当面はそうではないであろう。アプリストアについても、なぜアプリストア(だけ)を規制するのと問われた場合に、正面から答えることはできるであろうか。
- 以前、LINEがセキュリティを含む品質向上を怠っているのは、競争可能性(contestability)が欠如しているからであり、セキュリティレベル向上のためにも互換性義務を課すことが望ましい旨書いたが(総務省のLINEヤフー株売却要求は正当化されるか?/互換性確保義務を課すという選択肢について - Mt.Rainierのブログ)、この互換性義務を課すことは、ある側面において、メッセージの伝送とUIをアンバンドルさせることを意味する。DMAは7条(なお前文64項も参照)においてLINEのような市場支配的なメッセージングサービス(番号非依存対人通信サービスと呼ばれる)についてそのような義務を課しており、同様の構造のアプリストアについてスマホ競争法が成立したことで、LINEについてもそのような規制を課す(具体的には電気通信事業法を改正し、メッセージングサービスについても非対称規制として互換性義務を課す)素地が整いつつあるように思う。
- 「あるべき市場がない」状況は、許認可が主要な参入障壁となっている場合には、許認可のアンバンドルによって解決できる。例えば、政府は、長年、信用創造(預金受入れと資金貸付けの併営)と決済(為替取引)をバンドルしてきたが、2010年、資金決済法の制定を通じてこれをアンバンドルした。一度そのようにアンバンドルされると、2つの市場が成立し、銀行口座や全銀システムへのアクセス(手数料を含む)は、川下市場における競争者排除の問題となり、独占禁止法による対処が可能となった(フィンテックを活用した金融サービス | 公正取引委員会)。スマホ関連市場(スマホ-related markets。relevant marketではない)は許認可の対象になっていないので、行為規制法が制定されたということになる。