【最高裁】法的性別が男性から女性に変更された者とその者の凍結精子により懐胎された子の親子関係

21日の最高裁判決 について書いていきます。

本ノートはディスカッションを目的としており、かなり簡略な表現によっているので、少なくとも、最高裁判決をお読みになってからお読みいただくのがよいと思います。なお、以下の記事には上告代理人を務められた仲岡しゅん弁護士のコメントが掲載されています。

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本判決について

  • 裁判体は第2小法廷(尾島、三浦、草野、岡村)で、4人全員一致です。三浦裁判官、小島裁判官が補足意見を書いています。少数意見の構成と内容からは、裁判体の迷いのなさが感じられました。
    • 三浦補足意見はシンプルですが、立法の不作為を指摘し、最高裁が判断を示すことの正当性を述べるものです(と私は受け取りました)。
    • 尾島補足意見は子の福祉を確保する上で親子関係が形成されることが重要である一方、特例法の諸規定が配慮しようとする「家族秩序の混乱」が具体的なものとはいえないことを指摘するものです。
  • 事実関係は概ね以下のとおりです:女性カップルABがいる。Aは元男性である。BがAの同意の下に、Aが凍結保存していた精子により懐胎した。Cが出生した。CがAに対し認知請求訴訟を提起した。
  • 最高裁の判断は(上告代理人が指摘されるとおり)極めてシンプルであり、端的に言えば、「親子関係は子の福祉及び利益にとって重要な意義があるところ、民法上の父子関係は生物学上の父子関係(血縁関係。言い換えれば精子を提供したという事実)を基礎としており、父の法律上の性別の取扱いが女性に変わろうが、父子関係の形成が妨げられることはない」というものです。
  • 家族法の問題(トランスジェンダーが当事者となるものに限りません)は、パートナーシップの問題と親子の問題に分けられるところ、後者については、近年、特に平成23年改正と令和4年改正を通じて、親子関係は子の福祉・利益のためにあるということが明確に位置付けられるようになってきています。本判決は、トランスジェンダーが当事者となるケースにおいても、そのような親子法の原則を素直に適用することを示したものといえます。
  • 逆に言えば、原告代理人が認知請求訴訟という手続を選択し、本件は子の福祉・利益の問題だというフレーミングを行ったことが、問題をシンプルにし、かつ、社会におけるトランスジェンダーへの理解の広がりが、(最高裁において)トランスジェンダーだからといって特別扱いする必要はないという思考を支えたのではないかと思います。

 

関連する問題について(追記)

  • 第3小法廷は、2021年に4対1で性同一性障害特例法3条1項3号を合憲としていますが、反対意見を書いた宇賀裁判官は、親の性別変更を制限することが子の福祉に貢献することはなく、かえって子の福祉を害する可能性すらある旨述べています。第3小法廷の事件と本件では問題となった利益が異なりますが(未成年の子がある者の性別変更が認められるかー女性への性別変更後に父子関係が認められるか)、宇賀反対意見と本判決は、3号要件の正当化根拠が少なくともかなり疑わしくなっているという考えにおいて共通しており、本判決は、同号の違憲判断への一歩ともなっているように思います。
  • 尾島補足意見は、「精子がその提供者の意に反して用いられた場合の父子関係をどうするか」が問題となっているが、本判決はこの問題について一定の結論をとることを前提にするものではない旨述べています。この問題も、既に裁判所に持ち込まれており、一方、国会の検討はなかなか進んでいないため、裁判所が自ら判断せざるを得なくなる可能性はそれなりに高いと思います。その場合、まずは嫡出推定による解決が図られることになりますが、それで解決されなかった場合(例えば母が婚姻をしていなかった、婚姻をしていたが嫡出推定が及ばなかった、出訴期間内に嫡出否認訴訟が提起された等)には、懐胎時には父となる意思がなかった(ただし、少なくとも精子排出時には父となる意思があった)ことと、子の福祉・利益のどちらを優先するかが問われることになります。なお、次の事件が興味深いです:
    1. 【受精卵「無断」移植訴訟】同意ない体外受精は親子関係の成立なし、奈良家裁で初判断(1/2ページ) - 産経ニュース…移植時の同意が必要としつつ、嫡出推定が及ぶとして訴え(親子関係不存在確認)を却下した判決。
    2. 受精卵の無断使用、最高裁も父子関係を認定 - 産経ニュース…1の上告審。
    3. 冷凍受精卵で無断出産、子供の養育費は誰が払う? 最高裁に舞台が移った訴訟の行方 - 産経ニュース…1,2と同様のケースで、同意を確認しなかったクリニックに対する損害賠償請求事件。