情報ネットワーク法学会からの帰りの飛行機の中で「公正な採用選考の基本」について若干考えたので、雑駁ですが書いていきます。
職安法3条と憲法14条1項
- 職安法3条は憲法14条と同趣旨とされている(倉重=白石編・実務詳解職業安定法87頁)。そのため、「憲法14条1項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であつて、同項後段列挙の事項は例示的なものであること、およびこの平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨」(尊属殺事件判決)であるとの解釈は、職安法3条にも当てはまる可能性がある。
- 実際、職業紹介事業の業務運営要領第9の1(1)(101頁)は、「法第3条の趣旨にかんがみ年齢(注:非列挙事由である。)による不合理な差別的職業紹介は不適当である」としており、非列挙事由による差別が同条により(「趣旨にかんがみ」という形ではあるものの)違法とされる余地を認めている。
- 逆に、列挙事由による差別が適法とされる余地は、少なくとも厚労省見解としては認められていないと思われる。もっとも、例えば、公務員(雇用ではないので職業紹介にならないが)の採用に当たって国籍による差別をすることは当然であるし、マネジメントや専門的業務に従事する労働者を中心に、「従前の職業」による差別をすることは当然である。このことを考えると、暗黙のうちに列挙事由による差別が適法とされる余地が認められている可能性がある。
- このように解した場合、列挙事由は重要な意味を持たないことになるが、それでも一定の意味を見出すとすれば、ある差別が「事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくもの」かどうかを判定するのには(エンフォースメント/コンプライアンス)コストがかかるため、そのコストを削減するため、一応の基準として、典型的に不当性(事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づかないこと)が認められる事由を列挙したもの、と言えるのではないか。
- 以上のように解した場合、職安法3条の列挙事由が憲法14条1項のそれとは微妙に異なっているのは、両条項が規律しようとする差別のコンテクストが異なるからだと説明できる。すなわち、憲法14条1項は国家行為全般を対象としているのに対し、職安法3条は職業のあっせんを対象としている。従前の職業や労働組合の組合員であること(職安法でのみ列挙されている)による差別は、国家行為における差別としてはそれほど典型的ではないが、職業のあっせんにおける差別としては典型的である。また、国籍による差別(これも職安法でのみ列挙されている)は、国家行為における差別としては合理性があることも多いが、職業のあっせんにおける差別としては不当なことが多い。判例の「事柄の性質に即応した」というフレーズは、このような合理性判断のコンテクスト依存性を表している。
「公正な採用選考の基本」と職安法5条の5
- 「公正な採用選考の基本」は、「(3)採用選考時に配慮すべき事項」として、「次のaやbのような適性と能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり、面接で尋ねる、作文の題材とするなどによって把握することや、cのような採用選考の方法を実施することは、就職差別につながるおそれがあります。<a.本人に責任のない事項の把握> 本籍・出生地に関すること (注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当します) ・家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など) ・住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近隣の施設など) ・生活環境・家庭環境などに関すること<b.本来自由であるべき事項(思想・信条にかかわること)の把握> ・宗教に関すること ・支持政党に関すること ・人生観、生活信条などに関すること ・尊敬する人物に関すること ・思想に関すること ・労働組合(加入状況や活動歴など)、学生運動などの社会運動に関すること ・購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること<c.採用選考の方法> ・身元調査などの実施 (注:「現住所の略図等を提出させること」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性があります) ・本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用 ・合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施」としている。
- 上記の記載の法的根拠は明らかではないが、「(2) 公正な採用選考を行うためには・・・・」の記載(特にアとイ)からすると、不当な差別(同ア)と個人情報保護(同イ)の双方の観点から問題とされているようである。このことからすると、労働者の募集を行う者が「公正な採用選考の基本」の(3)の行為を行った場合、職安法5条の5に違反し、業務改善命令(同法48条の3)、報告徴求命令・立入検査(同法50条)の対象となる可能性がある(募集・求人業務取扱要領IVの2(23頁))。
- 実際、職業紹介事業の業務運営要領第5の1(2)は、職安法5条の5に関し、「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者…は、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、当該目的を明らかにして個人情報を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項 ロ 思想及び信条 ハ 労働組合への加入状況」とし、募集・求人業務取扱要領IVの1(8)イ(ロ)(19頁)は、このうちイについて「家族の職業、収入、本人の資産等の情報(税金、社会保険の取扱い等労務管理を適切に実施するために必要なものを除く。)」、ロについて「人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書」、ハについて「労働運動、学生運動、消費者運動その他社会運動に関する情報」を例示している。
- なお、職業紹介事業の業務運営要領は、基本的には募集・求人業務取扱要領と同内容ながら、家族の職業等の後に「容姿、スリーサイズ等差別的評価に繋がる情報」を挙げている。
職安法3条・5条の5と個情法
- 職安法3条は、上記のとおり、合理的根拠に基づかない差別を禁止するものである可能性がある。一方、(少なくとも日本法が準拠していることになっているOECDプライバシーガイドラインにおいて)個人データ保護の核心的保護利益は、個人データ処理による個人に対する評価・決定の適切性確保であるという指摘がなされており(高木・情報法制研究16号97頁)、それを直接に確保しようとするのが個人データの関連性(を含むデータ品質原則)であり(同98頁、111頁)、かつ、この構造は平等原則と同じである(同122頁)という指摘がなされている。これらがいずれも正しいとすると、職安法3条は、結果的に個人データの関連性原則と同等の規律となっている可能性がある。
- もっとも、職安法3条は、(雇用主自身が行う)労働者募集には適用されない。また、職安法5条の5には、個情法の不適正利用禁止規定に相当する内容は含まれていない。そうであるにもかかわらず、「公正な採用選考の基本」に上記のような、関連性原則を前提としているかのような記載が含まれている理由は何かが問題となる。そこで職安指針を見ると、同指針(先に引用した部分)には、一定の情報の収集は原則として禁止されるが、業務の目的の達成に必要不可欠な場合にはこの限りではない旨が書かれている。これは、労働者の採用という利用目的を前提とすると、当該一定の情報は、特段の事情がない限り、収集・使用の必要性がないことを言うものであるように思われる。このことからすると、利用目的の「達成に必要な範囲内」という文言自体は職安法5条の5と個情法18条で共通だから、ここにいう必要性には関連性に相当する内容が含まれるということは言えるかもしれない(なお、パブコメでは利用目的による制限に関連性が含まれることを法改正又はガイドライン改正で明確化すべき旨を書いた)。
- 法解釈っぽく表現すると、「必要な範囲内」と認められるためには、事業者が当該情報を取得・利用することを必要とするだけでは足りず、利用目的との関係で当該情報を取得・利用することが客観的に合理的と認められることを要する、といったところであろうか。「客観的に合理的」とは何かが問題となるが、採用に関して言えば、「公正な採用選考の基本」にいう「応募者の適性・能力に基づいた基準により行うこと」、言い換えれば、応募者の適性・能力を示す情報だけが客観的に合理的と認められる、ということになるのだろう(もちろん、適性・能力本位の採用こそが正義・公平に適うと言えるのはなぜかという問題は残るが)。
- なお、個情法上は、事業者が特定した利用目的に照らして取扱いの必要性が判断されるのに対して、職安法5条の5においては、「その業務(注:本稿の文脈では労働者の募集の業務)の目的」に照らして取扱いの必要性が判断されるという違いがある。重要ではない可能性もあるが、とりあえず気づいたので書いておく。